「完全なる人間」A・H・マズロー

健康人の特徴
   
1.現実の優れた認知
2.自己、他人、自然のたかめられた受容
3.たかめられた自発性
4.問題中心性の増大
5.人間関係における独立分離の増大と、プライバシーに対するたかめられた欲求
6.たかめられた自律性と、文化没入に対する抵抗
7.非常に斬新な鑑賞眼と、豊かな情緒反応
8.非常に頻繁に生ずる至高体験
9.人類との一体感の増大
10.変化をとげた(臨床家は改善されたというだろう)対人関係
11.一段と民主化された性格構造
12.非常にたかめられた創造性
13.価値体系における特定の変化

何人かの分析者、とりわけフロムやホーナイには、神経症でさえ、成長、発達の完成、人間における可能性の実現へと向かう衝動の、歪められた姿と考えないと、理解できないことがわかってきた。

だれに人気があるのか、若者にとって近所の紳士気取りの俗物、カントリークラブの連中となら人気のない方がましである。なにに対して適応するというのか。堕落した文化に対してであるか。支配的な親に対してであるか、よく適応した奴隷をどう考えたらよいのか。よく適応した囚人はどうか。行動問題児でさえ、寛容の精神で見直されている。なぜ非行を犯すのだろうか。大部分は病的な動機からである。だが、ときにはよい動機から出ることもあり、この場合、少年は搾取、支配、無視、屈辱、蔑視に対して抵抗しているに過ぎないのである。

(自己実現した)このような人々は、独立自足的になる。かれらを支配する決定要因は、もはや基本的に内的なもので、社会的なものでも環境的なものでもない。それらは、かれら自身の精神的本性の法則であり、可能性や能力であり、才能、潜在性、創造的衝動である。自己を知ろうとする欲求であり、ますます統合し、一貫したものになろうとする欲求である。さらにまた、現実の自己や理想の自己、自己の使命、職業、運命を自覚するようになろうとする欲求である。

神経症は欠乏の病と見ることができる。したがって、治療のため根本的に必要なことは、欠けているものを与えるか、それとも、患者が自分でこれをみたすことができるようにすることである。これらの供給は、他人から生ずるものであるから、通常の療法は、対人的なものでなければならない。

アリストテレスの理論においては、AはAであり、それ以外のものはすべて非Aで、このふたつは決して一つにならないのである。しかし、自己実現する人から見ると、Aと非Aとは相互に浸透しあい、一体であり、人はだれでも同時に善であるとともに悪であり、男性であるとともに女性であり、大人であるとともに子供である。



人間の成熟の高い水準にあっては、多くの二分法、両極性、葛藤は融合し、超越し、解決される。自己実現する人間は、利己的であると同時に、利己的ではない。ディオニソス的人間であると同時に、アポロ的な人間である。個人的であると同時に、社会的である。合理的であると同時に、非合理的である。人と融けあおうとすると同時に、人と離れようとする、など。

神経症的人間も神のような高い立場から見ると、驚くほど入りくんだ、美しくさえある統一の過程として見ることができるのである。われわれが普通には葛藤や矛盾や分裂と見える事柄も、その場合には避けることのできない必然性をもち、運命的なものとしてとらえられる。つまり、かれが完全に理解されるならば、あらゆる事柄がそれぞれ必要なところに落ち着き、美的に見られ、鑑賞される。かれの葛藤や分裂は、すべて一種の思慮や叡智のしからしめるところであることがわかるのである。その徴候を、健康へと向かう圧力として、あるいは神経症を、その瞬間に個人の問題に対する最も健康で可能な解決方法として見るならば、病気と健康の考え方さえ、融合し、おぼろげになるのである。

至高体験の残効
1.至高体験は、厳密な意味で、症状をとり除くという治療効果をもつことができ、また事実もっている。……それらは非常に深いもので、ある種の神経症的症状をその後永久に取り除くほどである。
2.人の自分についての見解を、健康な方向へ変えることができる
3.他人についての件かいや、かれらとの関係を、さまざまに変えることができる
4.多少永続的に、世界観なり、その一面なり、あるいはその部分なりを変えることができる。
5.人間を解放して、創造性、自発性、表現力、個性を高めることができる。
6.人は、その経験を非常に重要で望ましい出来事として記憶し、それを繰り返そうとする。
7.人は、たとえそれが冴えない平凡な苦痛の多いものであったり、不満にみちたものであったりしても、美、興奮、正直、遊興、善、真、有意義といったものの存在が示されている以上、人生は一般に価値あるものと感じられることが多いのである。つまり、人生そのものが正当なものとされ、自殺や死の願望はそれほどあり得ないこととなる。

「自己を失うことは、どうしてできるのだろうか。気づかれもせず、考えもおよばない変節は、小児期に、人知れず精神的死をもってはじまる――愛されもせず、われわれの自然の願望が妨げられたとしたら、そのときに。(考えても見よ。何が残されているのか。)だがまて――これは精神の単なる殺害ではない。それは帳消しになるかもしれない。ちっちゃな犠牲者はこれを『乗り越えて進み』さえする――だが、かれみずからもまた、次第次第にはからずして、加担するというまったく二重の罪を重ねることになる。かれは、ありのままの人となりとしては、人びとが受け容れてくれない。ええ、人は受け入れられない状態にあらざるを得ないのだ。かれは自分でそれを信ずるようになり、ついにはそれを当然のことと考えるようにさえなる。かれはまったく、自分を断念するようになってしまう。かれが人々にしたがうか、それとも、しがみつき、反抗し、逃避するかはもはや問題ではない。――かれの行動、かれの行為が問題のすべてである。かれの重心は『かれら』にあるのであって、かれ自身にはない――それにもかかわらず、かれが注目したかぎりでは、十分に自然なことだと思っている。すべての事態が、しごくもっともらしく、すべては目に見えず自動的で、責任所在不明である!
 これはまったくの矛盾である。あらゆる事柄が正常に見える。どんな罪も意図されていない。死骸もなければ罪もない。われわれの見るところまったく普通に太陽は昇り、沈んでゆく、だがどうしたのだろう。かれは人々によって拒否されただけではなく、みずから拒んできたのである(かれには事実、自己がない)。かれは、なにを失ったというのだろう。まさに自己のまともな本質的部分、すなわち、成長への能力そのものであり、根本体系であるかれ自身の肯定感情を失ったのである。しかし、ああ、かれは死ななかった。生命は続くし、またそうしなければならない。かれがみずからを断念した瞬間から、それに、そうした程度で疑似自己をつくり、もちつづけようとしはじめる。だが、これは一種の方便である――願望のない『自己』である。この人は軽蔑するところだが、愛さなければならない(おそれなければならない)。弱いところだが、強いとしなければならない。喜びや戯れからではなく、生きるためにはそういう様子をして見せなければならない(ああ、しかしそれは戯画だ!)単に動きたいからではなく、したがわねばならないからである。この必要性は、生活ではない――かれの生活といえない――それは死と闘う防衛の機制である。それはまた、死のからくりでもある。現在以後、かれは強迫的(無意識的)欲求により引き裂かれ、(無意識的葛藤)により麻痺に陥れられ、あらゆる運動、あらゆる瞬間は、かれの存在、かれの統合を打ち消してゆく。しかも終始、かれは正常人としてみせかけ、そのように行動することを期待される!
 一言にしていうと、われわれは一つの自己体系である疑似自己を求めたり、防衛したりする神経症になること、われわれが自己を失うかぎり神経症であることをわたくしは知ったのである。」



いまや、あらゆる事柄が自然に生じ、心ならずして、労せずして、意図せずして、勢いの赴くところ流れ出すのである。いまや、かれの行動は全体的に、欠乏をともなわず、ホメオスタシス的でもなければ、欲求解消的でもない。苦痛や不快や死を避けようというのでもなければ、将来のうちに一歩つきすすんだ目標のためでもない。行動そのもののため以外に他意はない。かれの行動や経験は、それ自体のためであり、それ自体として正当化される。手段行動、あるいは手段経験ではなく、むしろ目的としての行動であり、目的としての経験になるのである。
 この段階でわたくしは、かれを神のような人間と呼びたい。なぜなら、大部分の神は、欲求もなければ願望ももたない。あらゆる事柄について、みたされねばならない欠乏も欠損もみられないからである。「最高」「最善」の神の特質、ことにその行為は、無欲無私によるものと考えられてきた。

人が真実であればあるほど、そのことによって、詩人、画家、音楽家、預言者等々の性格を帯びるようになる

自己実現とは、静的で非現実的で「完璧」な状態であって、そこではあらゆる人間的な問題から超越して、人々が永久に幸福な生活を超人間的な静穏と恍惚のうちにおくるもの、との誤った考え方が広くゆきわたっている。……自己実現は人格の発達と考えることが出来るが、それは、人が未発達からくる欠乏の問題や、人生における神経症の(あるいは小児的、空想的、無益、「非現実的」)問題から脱却し、人間生活の「現実」の問題(それは本質的、究極的に人間の問題であり、避けることのできない「実存」の問題で、これに対しては完全な解決はありえない)に立ち向かい、これに堪え、これととりくむことができるようになることである。つまり、自己を実現するということは、問題がなくなることではなくて、過渡的あるいは非現実的な問題から、現実的な問題へと移ることである。ショッキングにいえば、自己実現する人は、自己を受け入れ、洞察力をもつ神経症者ということさえできると思う。というのは、こういう言い方は、「本質的な人間状況を理解し、受け入れる」こと、つまり、人間性のもつ「欠陥」を否定しようとするのではなく、これと立ち向かい、勇気をもって受け入れ、これに甘んじて楽しみさえ見出すというのと、ほとんど同じだからである。

私の回顧的な印象では、最も完全な人は、多くの時間、日常生活と呼ばれるもの――買い物をしたり、食事をとったり、挨拶をしたり、歯医者へ行ったり、金銭上のことを考えたり、黒靴にしようか茶靴にしようかと考えあぐんだり、つまらぬ映画に行ったり、週刊誌を読んだり――のうちで過ごしている。

どのような動物でも、自由に選ぶことのできる十分な選択場面が与えられると、自分のためになる食物を選ぶことのできる先天的能力が一般に見られる……高等動物や人間の、毒物に対してみずからを守る力は、下等動物に劣る。以前につくられた好みの習慣は、現在の代謝欲求をまったく消してしまうかもしれない。しかしなににもまして、人間においては、ことに神経症的人間においては、この身体の叡智は、まったく失われてしまうほどではないけれども、さまざまな影響力によって歪められているのである。この一般的な原理は、ただ単に食物を選ぶ場合にだけあてはまるものではない。ほかのあらゆる身体的欲求についてもいえる。

神経症の人々の選択は、主として神経症を安定させるにはなにがよいかを示すことができるのであって、それは脳損傷者の選ぶところが、破局的な崩壊を免れるのによいものであったり、腎上体切除をおこなった動物の選択が、健康な動物であることをやめてもかれが死を免れるためのものであったりするのと同じことである。

自分で食物を選ぶニワトリは、自分にとってよいものを選ぶ能力に大きな差異のあることを示している。よい選択者は、まずい選択者よりも強く大きく育ち、支配的になるが、このことはニワトリが最もよいものを手に入れているからである。そこで、もしもよい選択者によってえらばれた食物をまずい選択者に与えると、よい選択者の水準までは達しなくとも、こんどは彼らが強く大きく健康になり、支配的になることがわかるのである。

基本的欲求満足は、往々にして物体、所有物、財産、金銭、衣服、自動車、その他の満足の意味にとられがちである。だが、これらはそれ自体基本的欲求を満足させるものではない。基本的欲求の満足は、身体的欲求がみたされた後には、①庇護、安全、防衛、②家族、コミュニティ、派閥、仲間、愛情、恋愛といった所属、③敬意、尊重、是認、威厳、自尊、④人の能力や可能性の最大限の発達、自己実現の自由、が求められる。このことは、ずいぶん簡単なようにみえるが、やはり世の中どこであろうとも、その意味を会得することのできる人はわずかであるように思われる。

やかましやの能力は使われなければならない。それらがよく使われたときにのみ、そのやかましやはやむのである。つまり、能力はまた欲求でもあるのである。……使われない技能や能力や器官は、病気の中心となり、あるいは委縮したり、消滅したりする。そしてついにはその人格を縮小させることにもなるのである。

精神の疾患を自己実現への成長の阻止、回避、おそれとしてとらえるか、それとも、腫脹、中毒、細菌が人間とは無関係な外部から侵入するのと同じように、医学的な方式で考えるかは、微妙ではあるが極めて重要な相違である。

神経症的欲求や情緒や行為は、人にとって能力の喪失であり、かれはそれをもってまわった不満足なかたちでしか為しえなかったり、為そうとしないのである。そのうえ、かれは大抵、その主観的快適さ、意志、自制心、快感能力、自尊心などを失っている。かれは人間として委縮された存在なのである。





善の研究/西田幾多郎

しかし我々は決して単に決意または解決という如き内面的統一の状態にのみ止まるのではない、決意はこれに実行の伴うは言をまたず、思想でも必ず何らかの実践的意味をもっている、思想は必ず実行に現われねばならぬ、即ち純粋経験の統一に達せねばならぬ。されば純粋経験の事実は我々の思想のアルファでありまたオメガである。要するに思惟は大なる意識体系の発展実現する過程にすぎない、若し大なる意識統一に住してこれを見れば、思惟というのも大なる一直覚の上における波瀾にすぎぬのである。



真の個体とはその内容において個体的でなければならぬ、即ち唯一の特色を具えた者でなければならぬ、一般的なる者が発展の極処に到った処が個体である。この意味より見れば、普通に感覚或は知覚といっているような者は極めて内容に乏しき一般的なるもので、深き意味に充ちたる画家の直覚の如き者がかえって真に個体的といいうるであろう。

我々の有機体は元来生命保存のために種々の運動をなすように作られている、意識はかくの如き本能的動作に副うて発生するので、知覚的なるよりもむしろ衝動的なるのがその原始的状態である。然るに経験の積むに従い種々の聯想ができるので、遂に知覚中枢を本とするのと運動中枢を本とするのと両種の体系ができるようになる。しかしいかに両体系が分化したといっても、全然別種の者となるのではない、純知識であっても何処かに実践的意味を有っており、純意志であっても何らかの知識に基づいている。

知識的作用においては、我々は予め一の仮定を抱きこれを事実に照らして見るのである、いかに経験的研究であっても必ず先ず仮定を有っていなければならぬ、而してこの仮定がいわゆる客観と一致する時、これを真理と信ずるのである、即ち真理を知り得たのである。

知識の深遠となるに従い自己の活動が大きくなる、これまで非自己であった者も自己の体系の中に入ってくるようになる。

一方より見れば種々なる体系の衝突の為、一方より見れば更に大なる統一に進む為、理想と事実との区別ができ、主観界と客観界とが分れてくる、そこで主より客に行くのが意で、客より主に来るのが知であるというような考も出てくる。知と意との区別は主観と客観とが離れ、純粋経験の統一せる状態を失った場合に生ずるのである。

真理は統一にあるというが、その統一とは抽象概念の統一をいうのではない、真の統一はこの直接の事実にあるのである。完全なる真理は個人的であり、現実的である。それ故に完全なる真理は言語にいい現わすべき者ではない、いわゆる科学的真理の如きは完全なる真理とはいえないのである。

「かくなければならぬ」という理性の法則と、単に「余はかく欲する」という意志の傾向とは全く相異なって見えるが、深く考えて見るとその根柢を同じうする者であると思う。凡て理性とか法則とかいっている者の根本には意志の統一作用が働いている、シラーなどが論じているように、公理 axiom というような者でも元来実用上より発達した者であって、その発生の方法においては単なる我々の希望と異なっておらぬ

ショーペンハウエルの意志なき純粋直覚というものも天才の特殊なる能力ではない、かえって我々の最も自然にして統一せる意識状態である、天真爛漫なる嬰児の直覚は凡てこの種に属するのである。

我々の感覚的知識を以て凡て誤となし、ただ思惟を以てのみ物の真相を知りうるとなすのはエレヤ学派に始まり、プラトーに至ってその頂点に達した。近世哲学にてはデカート学派の人は皆明確なる思惟に由りて実在の真相を知り得るものと信じた。

意識が身体の中にあるのではなく、身体はかえって自己の意識の中にあるのである。

我々は意識現象と物体現象と二種の経験的事実があるように考えているが、その実はただ一種あるのみである。即ち意識現象あるのみである。物体現象というのはその中で各人に共通で不変的関係を有する者を抽象したのにすぎない。

余がここに意識現象というのは或は誤解を生ずる恐がある。意識現象といえば、物体と分れて精神のみ存するということに考えられるかも知れない。余の真意では真実在とは意識現象とも物体現象とも名づけられない者である。またバークレーの有即知というも余の真意に適しない。直接の実在は受動的の者でない、独立自全の活動である。有即活動とでもいった方がよい。

普通には主観客観を別々に独立しうる実在であるかのように思い、この二者の作用に由りて意識現象を生ずるように考えている。従って精神と物体との両実在があると考えているが、これは凡て誤である。主観客観とは一の事実を考察する見方の相違である、精神物体の区別もこの見方より生ずるのであって、事実其者の区別でない。事実上の花は決して理学者のいうような純物体的の花ではない、色や形や香をそなえた美にして愛すべき花である。

希臘人民には自然は皆生きた自然であった。雷電はオリムプス山上におけるツォイス神の怒であり、杜鵑の声はフィロメーレが千古の怨恨であった(Schiller, Die Gotter Griechenlands[#「Gotter」の「o」はウムラウト(¨)付き]を看よ)。自然なる希臘人の眼には現在の真意がその儘に現じたのである。今日の美術、宗教、哲学、みなこの真意を現わさんと努めているのである。

実在は自分にて一の体系をなした者である。我々をして確実なる実在と信ぜしむる者はこの性質に由るのである。これに反し体系を成さぬ事柄はたとえば夢の如くこれを実在とは信ぜぬのである。

理は何人が考えても同一であるように、我々の意識の根柢には普遍的なる者がある。我々はこれに由りて互に相理会し相交通することができる。啻にいわゆる普遍的理性が一般人心の根柢に通ずるばかりでなく、或一社会に生れたる人はいかに独創に富むにせよ、皆その特殊なる社会精神の支配を受けざる者はない、各個人の精神は皆この社会精神の一細胞にすぎないのである。

我々が或一芸に熟した時、即ち実在の統一を得た時はかえって無意識である、即ちこの自家の統一を知らない。しかし更に深く進まんとする時、已に得た所の者と衝突を起し、ここにまた意識的となる、意識はいつも此の如き衝突より生ずるのである。また精神のある処には必ず衝突のあることは、精神には理想を伴うことを考えてみるがよい。理想は現実との矛盾衝突を意味している(かく我々の精神は衝突によりて現ずるが故に、精神には必ず苦悶がある、厭世論者が世界は苦の世界であるというのは一面の真理をふくんでいる)。

水を動かすのは水の性に従うのである、人を支配するのは人の性に従うのである、自分を支配するのは自分の性に従うのである

上古における印度の宗教および欧州の十五、六世紀の時代に盛であった神秘学派は神を内心における直覚に求めている、これが最も深き神の知識であると考える。

数理を解し得ざる者には、いかに深遠なる数理も何らの知識を与えず、美を解せざる者には、いかに巧妙なる名画も何らの感動を与えぬように、平凡にして浅薄なる人間には神の存在は空想の如くに思われ、何らの意味もないように感ぜられる、従って宗教などを無用視している。真正の神を知らんと欲する者は是非自己をそれだけに修錬して、これを知り得るの眼を具えねばならぬ。かくの如き人には宇宙全体の上に神の力なる者が、名画の中における画家の精神の如くに活躍し、直接経験の事実として感ぜられるのである。これを見神の事実というのである。

王陽明が知行同一を主張したように真実の知識は必ず意志の実行を伴わなければならぬ。自分はかく思惟するが、かくは欲せぬというのは未だ真に知らないのである。

真実にいえば、意識は決して他より支配される者ではない、常に他を支配しているのである。故に我々の行為は必然の法則に由りて生じたるにせよ、我々はこれを知るが故にこの行為の中に窘束せられておらぬ。意識の根柢たる理想の方より見れば、この現実は理想の特殊なる一例にすぎない。即ち理想が己自身を実現する一過程にすぎない。

孔子「疎食を飯ひ、水を飲み、肱を曲げて之を枕とす、楽も亦其の中に在り」

人格は単に理性にあらず欲望にあらず況んや無意識衝動にあらず、恰も天才の神来の如く各人の内より直接に自発的に活動する無限の統一力である(古人も道は知、不知に属せずといった)。

自己の真摯なる内面的要求に従うということ、即ち自己の真人格を実現するということは、客観に対して主観を立し、外物を自己に従えるという意味ではない。自己の主観的空想を消磨し尽して全然物と一致したる処に、かえって自己の真要求を満足し真の自己を見る事ができるのである。

我々が実在を知るというのは、自己の外の物を知るのではない、自己自身を知るのである。

善を学問的に説明すれば色々の説明はできるが、実地上真の善とはただ一つあるのみである、即ち真の自己を知るというに尽きて居る。我々の真の自己は宇宙の本体である、真の自己を知れば啻に人類一般の善と合するばかりでなく、宇宙の本体と融合し神意と冥合するのである。宗教も道徳も実にここに尽きて居る。而して真の自己を知り神と合する法は、ただ主客合一の力を自得するにあるのみである。而してこの力を得るのは我々のこの偽我を殺し尽して一たびこの世の欲より死して後蘇るのである(マホメットがいったように天国は剣の影にある)。此の如くにして始めて真に主客合一の境に到ることができる。これが宗教道徳美術の極意である。基督教ではこれを再生といい仏教ではこれを見性という。昔ローマ法皇ベネディクト十一世がジョットーに画家として腕を示すべき作を見せよといってやったら、ジョットーはただ一円形を描いて与えたという話がある。我々は道徳上においてこのジョットーの一円形を得ねばならぬ。

知と愛とは普通には全然相異なった精神作用であると考えられている。しかし余はこの二つの精神作用は決して別種の者ではなく、本来同一の精神作用であると考える。然らば如何なる精神作用であるか、一言にていえば主客合一の作用である。

愛は知の結果、知は愛の結果というように、この両作用を分けて考えては未だ愛と知の真相を得た者ではない。知は愛、愛は知である。たとえば我々が自己の好む所に熱中する時は殆ど無意識である。自己を忘れ、ただ自己以上の不可思議力が独り堂々として働いている。この時が主もなく客もなく、真の主客合一である。この時が知即愛、愛即知である。

宗教以前/高取正男, 橋本峰

新潟県東頸城郡の記録では、明治の初年まで農家の六割までが土間住居で床がなく、土間にワラやムシロを敷いて起居していたのが、大正にはその数は一割となり、昭和の初年に姿を消したといわれている。

われわれの遠い母親たちがこのような制禁に耳を傾けたのも、ただ女は罪障深く、穢れたもの、救われがたいものという教説の力であったとはいえないだろう。ことは土間での別火とおなじであり、月のもののたびに、お産のたびに、神をまのあたりに見なければならなかった心の重荷が、これらの教説や禁制を首肯させ、習俗として固定させたのではなかろうか。

貴族・武家をはじめとする上層支配者階級は別として、庶民の家で男子専制が確立したのはそれほど古いことではなかった。家長と主婦とがひとしく家の神祭を主宰する形は近い時代まで存続していた。

みずからの穢れ(俗)を去って浄(聖)に近づこうとすることと、穢れを避けてみずからの聖性を維持しようとすることと。古代の民間信仰ではこの両面が表裏一体の即自的な統一をもっていたが、また政治的にはこの両面はそれぞれ庶民と貴族と、被支配者と支配者とにおける忌みの考えかたの違いを示すものであった。忌みの思想の歴史は、古代から中世、近世へと、前者の考えかたによる忌みが後者の考えかたによる忌みによって歪曲され隠蔽されてくる過程であることが注意された。したがってそれは、いわば宗教が政治によってねじ曲げられてくる歴史であったともいえよう。

神道には、世界そして人間の心身は本来明るい光の中にあるという存在清浄観があり、人間の罪は穢れにほかならず、穢れは心身の表層につみかさなっただけのもの、物を洗いそそぐ性能ある水によって消除できるものとされ、心身相関の前提の上で身を洗えば心も洗われるとされる。

古代専制政治の体制は必然的に血なまぐさい政争をはてしなくひき起こし、そのなかで破滅するものがただちに人間の生死の問題に直面したのは当然として、その争いはおなじ貴族同士のものであったから、敗者の姿はつねに勝者の分身であり、あらゆる術策によって勝利したものも、勝利のゆえにその重圧を自らの負い目としなければならなかった。こうした事態に対して伝来の神はあまりに貧弱であったから、仏のもつ救済の論理こそが貴族の精神の飢渇をいやすものとして迎えられたのではないだろうか。  こうしてみると、仏教は当初から律令国家を護持するための呪術であるだけでなく、律令国家を完成し、維持しなければならなかった貴族たちに対する救いの呪術であり、宗教であったことになる。

神の世界は偶像も必要でないほど人の世に密着して存在し、仏はその上にあってすべてを照覧するという感覚は、意識するとしないとにかかわらず人びとの心のなかに潜在し、いわゆる本地垂迹の説も、もともとこうした宗教的心情を踏まえて成立し、承認されてきた教説の一つとみることができる。

さらに、重大な問題は明治以来の国家神道である。そしてそれは、今日もなお消滅させえたとはいえず、むしろ強力に復活がはかられつつあるとすらいえる。近代社会は理念的には国家と市民社会とのけじめを立てるものではあるが、日本の近代社会はその両者を未分化のまま融合させてきたといえる。明治以後も一般の人民(ないし市民)は、天皇を現人神と説かれると、昔の共同体の神と同じ意識で、スムーズにそれを受け入れてしまったということがある。国家の命令は神の託宣と同じで、運命的に受容せねばならぬ。これは、日本の宗教一般における「受動性」の、決定的にネガティブな評価をすべき帰結である。何にたいしての「受動性」であるかが自覚的なものにならないのである。そして国家が神のかわりとなれば、当然、国境を越えた普遍的な宗教意識は育たない。ここにも「国家と宗教」の問題の検討が要求されている。

鹿児島県の霧島山西南麓の村々には、外部からカヤカベ(萱壁)教とよばれる隠し念仏の一派が伝えられている。


しかしキリスト教はまた、その真理性の貫徹のために、多神教徒を都会から村(パゴス)に追いやって異教徒(パガニ)として排撃し、また宗教裁判を設けて異端を弾圧せねばならなかった。たとえば、一四〇〇年から一五〇四年までに三万人の「妖術者」が焚殺され、一五七五年から一七〇〇年までに一〇〇万人が罪せられたという(ロニー『呪術』)。

宗教はもともと、機能社会学的にいえば、人間存在の根本的な不条理を特徴づける、さまざまな形での「偶然性」や「無力さ」や「欠乏」に対応してゆくための基本的なメカニズムと考えられる。

日本は島国であるとともに山国であり、内陸部で急に高い山地になっているため河川の流れは速い。それにアジア季節風帯に属して雨が多いため、河川はつねに大量の土砂を流しだしてきた。このことを逆にみれば、時代を遡るほど河川の沖積作用による平野の造成度がいちじるしく低いことになり、現在では国土の二四パーセントが平野といわれるが、その比率は以前ははるかに少なかった。

大和盆地のようにとくに早く開けたところは別として、ひろびろと開けた耕地のなかに集落が点在するという開放的な田園風景は、一般には近世以後に姿を現わした。

村と村が耕地でつづき、そのあいだを一本の畷道が走るという光景は、一般には近世以後のものである。

民族社会が真に求心的性格をもつようになったのは、都市の工業を中心とする近代になってからである。まして社会が点と線で構成されていた時代には、個々の点はそれぞれ独自の世界であり、現代の感覚では僻地と考えられるところでも、以前には思いがけず遠いところと交流をもち、多くの人が往来、移住した例は多いし、逆に「京に田舎あり」ということも事実として存在した。辺境や山間の村がいつも後進・僻地でないと気がすまないのは、現代の都会人の思いあがりによる錯覚である。民族社会内部での文化の交流と発展は、求心的方向だけでなく、遠心的方向でも働いていた。

この近世から明治近代への変動は、いわば「面」の社会から「層」の社会、上下に多層化された面の社会へのそれと考えられよう。領国ごとに一つの面をなしていた封建時代の仕切りは除かれた。

国家神道こそはまさしく現代のタブーである。

もともと死者の霊魂は肉体から遊離したのち、一定の期間は生前の個性を保持するが、その後はしだいに個性を失い、それとともに穢れを去って浄化し、祖先の霊としかよびようのない漠然とした没個性的なものに習合してしまう。そしてこうした祖先霊は、子孫の生活を守るという意味で一種の神性としての性格をもち、年間の定められた時期に子孫のもとを訪れ、祭りをうけるというのが本来の形であった。いつまでも個人を記憶し、墓碑を建ててながく供養しようとするふうは、民間では近世になってようやくはじまったものである。

われわれは山村というと、つねに社会文化の発展に遅れた後進地とみなし、そこに伝承されている習俗はすべて古風を残すものと考えやすい。けれども、これは現在の常識を無反省に過去に投影するものであって、はなはだ危険な態度である。近代以前にあっては、山間の村落でも平地に負けないほど人の往来があり、手工業原料を山野で採集したり生産して、貨幣の流通も平地に負けないくらいであった。平地の村と山の村との落差が顕著になったのは近世以降のことで、近代になってそれが決定的なものになった。

柳田氏のこのような意見は、もはや民俗の客観的な解明であるよりも、明治の家父長制をよしとする、官僚的な保守主義者の個人的心情の表明であり、しかもこのような心情が『先祖の話』を内容的にも支配していると考えられるのである。

津田説は、民間信仰を直接に問題にしたものでなく、記紀など朝廷の文献、神道学者の書物を検討して立論されたものであるけれども、人を神に祭ることは日本の古来の風習ではなく、たとえ特定の英雄を神として祭ることはあっても祖先を神として祭ることはなく、そういう説はたかだか江戸時代の神道家によって作られたにすぎぬという。

津田氏はこの神の観念、神社の起源を自然崇拝にみようとしている──津田氏の解釈では、氏神は祖先が祭ったものであって、祖先である人を祭ったものではない──といえるが、むしろこれが日本の神道研究者の通説であって、柳田氏の祖霊説は独自の少数意見なのである。

生と死とは連続的であり、この世とあの世とは親しくあい通じている。肉体は穢らわしい形骸にすぎず、死によって肉体から解放された霊魂は、一定期間を過ぎると、個性を洗い流されて抽象化された一般霊、祖霊となり、年間定期に祭られるために子孫のもとを訪れる。私たちの先祖は人間の生死を大体このように考えていた。

ギリシアで、厳密な意味の霊魂不死の思想は、まったくトラキア地方のディオニソス崇拝における神秘的体験によって成立したといわれる。エクスタシーの状態で神との合一、神がかりを体験した以上、霊魂は本性上神的実在であり、それは肉体から独立し対立する原理と信じられたのである。

ギリシアにおいても民衆的宗教は、なによりも祭りを意味し、国家的ないし民族的な年中行事を意味したが、それが私的生活に立ちいった場合でも主として伝承・習俗を意味するにすぎなかった。生の革新、内面的転回の宗教をはじめて主張し、はじめて実行したのがオルフィク教徒である。

ラフカディオ・ハーンが、死者の支配、家父長制、祖先崇拝など日本の古い民俗の中に、彼の母方の母国ギリシアの古代宗教への思慕を投影させたことは、よく知られているが、日本のみが近代までそのような観念をほぼ原型のままに維持し、個人の魂の救済と祖先崇拝とを両立させてきた特異な国なのであった。ヨーロッパはやがてキリスト教の霊魂観で洗礼されなければならない。

ギリシア人にとって、時間を超え解脱にいたる自己はもはや個性をもった自己ではない。それは神的知性として、没個性、超個性的なものである。ところがキリスト教ではそうではない。キリスト教において、個々の霊魂が死後、ギリシア哲学的な普遍的霊魂、知性へ帰一すると説く者は、異端としてきびしく斥けられる。なぜなら、この説を認めれば死とともに人間の罪は消え、最後の審判は無意味になってしまうからである。霊魂はそれぞれの個性を帯びたまま最後の審判を待つ。





禅の語録における坐禅関係と葬祭関係のページ数の比重は、臨済・曹洞いずれも一三世紀前半にはほとんど一〇〇パーセントが坐禅に関してであったものが、一四世紀には葬祭へと逆転し、曹洞では一五世紀にはほとんど一〇〇パーセント葬祭宗教化している。

近世以後の世界は「分裂」をもってその特徴としている。第一には、諸民族の政治的分裂。各国家の内部においては、封建的割拠から中央集権的統一へと進んだが、世界の普遍的統一ということからいえば、中世世界から近世以後の世界へは、いわゆる近世国家の分立、そしてさらに現代にみられるそれら先進国家の各植民地の独立によって、いぜんとして政治的中心の分立こそ近世以後の世界を特徴づけるものである。第二には人間と自然との交渉がもっぱら技術的なものとなり、両者の間にするどい分裂と対立が生まれている。

宗教と科学との関係は、カトリック教会の教理と科学的真理との矛盾の問題として、したがってガリレイの審問と受難の典型的な例におけるごとき、教会による科学者の迫害の歴史として、もっぱら論じられる。しかし、近世科学の成立の地盤そのものに一種の宗教的精神が内在していたことが、むしろ重視されなければならない。近世科学は、いわゆるルネッサンスの人文主義(ヒューマニズム)の中からけっして成立しえたものではなかった。そして問題を原理的に考えるかぎり、今日においても事態は同じはずなのである。

自然にアニマや意志はなく、それはもっぱら人間のみの性質であると考える態度が現われるまでは、自然にたいする科学的技術的な態度は不可能である。アニマを追放することによって自然は客観的法則的になる。したがって、アニミズムや多神教が一神教のキリスト教によって追い払われた西ヨーロッパにまず科学的自然観が成立したことは、けっして偶然ではなかった。

すでに原始宗教についてフレーザーが、呪術における失敗が宗教の生まれた理由とみなしているように、自然からの呪術性の排除が科学的自然の成立であったように、呪術の自己中心性の否定が宗教を誕生させたのである。

地獄は克服できる/ヘルマン・ヘッセ フォルカー・ミヒェルス編

私たちは読みながら、たえずあこがれと羨望の念を抱く。「この人たちには暇があるのだ!」。そう、たっぷり時間があるのだ!この人たちはひとりの美女の美しさを表現したり、あるいはひとりの悪漢の卑劣さを描写したりするための新しい比喩を考え出すのに、一昼夜をかけることができるのである。……かれらのは底なしの泉からくみ上げるように時間をくみ上げる。この場合、一時間とか一日とか一週間の損失はたいしたことではない。

病気と、待たなければいけないという状態とは、どんな場合でも私たちに、はっきりとした教訓を与える。とりわけ私たちはすべて神経症の苦痛からとくに強烈な教育を受ける。異常なほどに謙虚な優雅さと、優しい思いやりの気持ちを態度や言葉で表す人を見て、人々は「あの人はひどく苦しんだに違いない」と言うことがある。不眠の夜という学校ほど、自分自身の肉体と考えを制御する能力をよく磨き、養ってくれる学校はほかにない。

人を優しく扱い、いたわることができるのは、自分自身も同じように優しく扱われたいと望む人だけである。物事を寛大に観察して、愛情を込めて比較検討し、ひとりの人間の行動ないし性格の心理的原因を洞察し、人間のもつ弱みをことごとく好意的に理解できるのは、しばしば孤独なときの容赦のない静けさのなかで、自分自身の奔放な想念のとりこになって苦しんだことのある人だけである。多くの夜を眠られぬままに、静かに横たわったことのある人を、日ごろ見分けることはむずかしくない。

私たちの生活の構成要素である行為と苦悩は、補い合って一体をなし、不可分の者である。……それゆえ上手に悩むコツを覚えたものは、生きることに半分以上成功したこと、いや、それどころか、完全に成功したことになる!……苦悩から力が湧き、苦悩から健康が生まれるのだ。突然倒れて、ささいなことが原因で死んでしまうのは、いつもいわゆる「健康な人」であって、苦しむことを学ばなかった人々である。苦悩は人を強くし、苦悩は人を鍛える。

毎朝空が白み
世界が冷ややかに敵意を込めて見つめるたびに
おまえの信頼はただお前自身だけに
向けられねばならぬことを知る

けれどなじんでいたよろこびの土地から
おまえ自身のなかに追放されて
おまえは知る おまえの信仰が
新しい楽園に向けられていることを

おまえになじみなく敵と見えたものが
おまえ固有のものであることをおまえは知る
そしておまえはおまえの運命に
新たな名をつけ それを甘受する

おまえを押し潰そうとしたものが
おまえに好意をみせ 精気を放つ
それは案内者であり使者であり
おまえを高く より高く導いてくれる



私は著作を通して、ときおり若い読者たちが混乱状態に陥るところまで、つまり彼らがたった一人で、よりどころとなる慣習なしに人生の謎と対決するに至るまで力を貸しました。そのほとんどの人にとって、そのことはすでに危険なことです。そして、それゆえに、ほとんどの人々がその状態を回避して、新しい精神的支柱となる人間関係やよりどころとなる人々を捜し求めます。無秩序の中に踏み込んで私たちの時代の地獄を意識して体験する精神力をもつひじょうに少数の人々は、「指導者」なしに自力でそれをやりとげます。私の著書は、読者がそれを望むなら、私たちの時代のさまざまな理想や徳目の背後にかくれた無秩序を見抜くところまで読者を導いてゆきます。この無秩序が解決できるという、つまりこの無秩序に新しい秩序を与えることができるという予感は今日ではもう普遍性をもつ「教義」になることはできません。この予感は、各個人がそれぞれの筆舌につくしがたい体験を通して心の中で実現するものです。

絶望は、人間の生活を理解し、それを正当化しようとするあらゆる真剣な試みの結果生ずるものです。絶望は、人生を、徳をもって、正義をもって、理性をもって耐え抜き、そのさまざまな要求を満たそうとする真剣な試みの結果生ずるものです。この絶望を知らずに生きているのが子どもたちであり、この絶望を乗り越えたところで生きているのが目覚めた人たちです。

没落などという者は存在しない者です。没落とか上昇とかが存在するためには、上とか下とかがなくてはならない。けれど、上とか下とかいうものなど存在しないのです。それはただ人間の頭の中に、つまり錯覚のふるさとにだけあるものなのです。すべての対立は錯覚なのです。白と黒も錯覚、死と生も錯覚、善と悪も錯覚なのです。あなたには没落と見えるものが、私には誕生と見えるかも知れません。どちらも錯覚なのです。地球が空の中の不動の円盤だと信じる人が、上昇とか没落だとかを見たり信じたりするのです。――そしてほとんどすべての人がこの不動の円盤を信じているんです!星そのものは、上も下もまったく関係ありません。

つまり私たちは、せめてただ一度だけでもすべての価値基準を退けて、あるがままの自分自身を、道徳とか高潔な心とか、すべての美しい外観を考慮せず、無意識が表明するままに、自分のむきだしの衝動と願望、自分の不安と苦痛にとらわれた私たち自身をよく見つめてみるべきである。そしてその地点、このゼロの地点から始めて、私たちは実際の生活にとって価値のあるものの目録をつくり、私たちの実際の生活にとって否定すべきものと肯定すべきもの、善いものと悪いものとを分け、私たち自沈に大して命令すべきものと禁止すべきものの表をつくることをふたたび試みなくてはならない。

冷たいネオンの光に照らされた、一見、完全な意識と理性の領域へ通じる道があります。しかしこの領域を通り過ぎた者は、ふたたび自然の支配する土地、ふたたび暖かい領域、ふたたび素朴と愛の領域に戻ります。この冷たい領域から逃避することによってではなく、この領域を超克することによって、それらのものに到達することができるのです。これらのものはまた、手に入れても失われることがあるでしょう。そしてまた手に入れることができるでしょう。


ニーチェ/ジル・ドゥルーズ

――「どうしてこんな狂おしいことが可能であったのか。どうしてそんなことがわれわれほどの頭のなかに生じてしまったのか。われわれ高貴な血筋の人間、幸福な人間、健康な肉体を持ち、高い水準に位置する、有徳な人間の頭のなかに」――数世紀にもわたってあの高貴なギリシア人は、自分たちの仲間の一人が犯してしまった悪行、どうしても合点の行かぬ悪行に直面するたびにこう自問したのであった。そして最後には、頭を振りつつ次のように答えたのである――「きっとある一柱の神が、あの男の気をふれさせたに違いない」……。こういう遁辞は、ギリシア人のあいだでは典型的なものである……。以上のような次第で、当時の神々は人間を正当化するために、つまりたとえ凶事においてさえもある程度まで人間を正当化するために役立ったのだ。神々は、悪の原因に解釈を与えるために役立ったのである。――すなわち当時の神々は罰を下すという任務を引き受けるのではなく、むしろより高貴なものを、つまり過ちを自分の身に引き受けたのである。

ニーチェの用語である<力への意志>とは、極端に言えば<力(マハト)>への「力の、力との関係」と考えることができる。力の、知からとの関係は根本的に言って、<力>を現出させようと欲している。<力>とはおそらくニーチェの理解では、力強さあるいは強さということである。強さといっても、ある一つの主体が権力を持っているという意味ではない。既成の諸価値(高い/低い、上/下、支配的/隷従的、等々)にそのまま応じて<強い>こと、<命じる>こと、<支配している>ことではない(強さがそう理解されてきたのは、怨恨や疚しい心の視覚から見られているからである)。強さとは強烈さ、激しいということ、激しさの度合いが高いということである。だから<強い>ということは、なにかを欲しがったり、手に入れようとすることではなく、むしろ作り出そう、自らの持っているエネルギーを贈与しようとすることである。



強さを現出させようと欲する「力の、力との関係」から、互いに関わり合っている諸力の<量>の差異が派生し、かつまたこの関係において各々の力に帰す<質>も生みだされる。諸々の力たちの関係のなかで、ある力は、もし力の本質に忠実に強さを現出させよう、より激しくなろうとするならば、自らの(内に含まれた)差異化の動きを肯定する方向へ動く。言い換えれば、複数化、多様化を肯定しようとする。それが能動性であり、力が能動的なものへと生成することである。こうして<力>への力と力との関係の一つの質として、すなわち<力への意志>の一つの質として、肯定することが優位に立つ。

しかしそうではなく、もし力の本質を誤認し、能動的に推されたことに対抗して制御することで自己を守るのだ、本来の自己同一性を保つのだと信じるならば、自己がそうでないものに対立し、敵対して、そうした他なるものを否定する方向へ動く。なぜならそうすることで、<自己が強くなる>と錯覚するからである。それが反動性であり、力が反動的なものへと生成することである。こういう方向も<力への意志>の一つの面、一つの質であり、この場合は否定することが優位に立つ。

ニーチェが〈ニヒリズム〉と呼んでいるのは、反動的なものへと生成する諸力が優勢を占め、〈力への意志〉の質として否定することが肯定を圧倒し、能動的、活動的と錯覚された反動性があらゆる能動性を縮減して虚無への意志をなすことである。

ニーチェの考えでは、哲学の歴史はプラトン主義以来、長い服従の歴史であり、その服従を正当化し、理論化するために人間が自らに与える数々の理由の歴史である。
多数化はもう一なるもの=一者性に委ねられたり、その管轄に服したりしない。また生成することは存在に委ねられず、その管轄下に属すことはない。すると存在や一者性(統一性)は意味を失うのだろうか。そうではなく、ある新しい意味を持つ。一者性は多数化としての多数化(すなわちつねに全体性を欠く断片、片割れ)についてのみそう言われるのである。存在は生成としての生成についてのみ、そう言われる。多数化を超えてその彼方にある一なるもの(本来的な同一性、全体性)はありえない(信仰としてならば、ありうるだろうが)。ただ多数化することの一者性がありうるのみである。純粋に生成することを超えてその彼方にある真なる存在はありえない。ただ生成することの存在がありうるのみである。では生成することが存在するとは、どんな存在なのか。多数化することの一者性とは、どういう一者性なのか。それは〈再び来る〉ということである。回帰する、再来するということが、すなわちつねに事後性として生きること、遅れとともに生きるということが、生成することの存在である。〈反復する〉ことがまさに多数化することの一者性である。

その人間的な本質において、人間とはひとつの反動的な存在である。

司祭とは、怨恨の方向を転換する人間のことである。実際、苦悩する者はだれでも、その苦しみの原因を本能的に探し求める。さらに詳しく言えば、なにか生身を持って活動しているような原因を本能的に探し求めるのであり、いっそう正確を期して付け加えると、ある一人の責任者を、つまり彼もまた苦悩することがありうるような悪い人間を求めるのである。要するに苦しむ者は、どんな口実でもよいからとにかく自分の激情を、実際にそのひとに向かって、あるいはその「人形(ひとがた)」に向かって吐き出すことができるような生きた存在を探し求める。なぜならば、激情を吐き出してしまうということは、苦しんでいる者にもっとも効果的な鎮痛の試み、痛みを麻痺させる試みであり、あらゆる種類の苦悩に対してほとんど無意識的に熱望される麻酔剤であるからだ。私の考えでは、怨恨とか復讐とか、それに類するものなどの唯一の、真なる生理学的な要因は、このような点にのみ、つまり激情=情念という手段を通じて、苦痛を麻痺させようという願望にのみ見出されるのである。(略)苦しんでいる者はいずれも皆、恐るべき素早さで、また驚くほど独創的なやり方で、自分の苦痛の感情にきっかけを与えた原因を見つけ出す。彼らは、自分こそ誰か悪い人間の悪意や卑劣さの犠牲になっているのだと思い込み、そういう疑惑をあれこれこねまわしたり、穿鑿することでさえも、一種の享受の対象にする。彼らは自分の過去、および現在を、その臓腑の底の底まで掘り返して、なにやら暗黒のストーリー、秘密めいた物語を見つけ出し、そこで勝手に苦しい猜疑に耽る、という具合に自分自身の悪意の毒に酔ってしまうのである。――彼らはいちばん古い傷口も、荒々しく開き、もうとっくに癒えている傷痕からまで血を流させる。彼らは自分の友人や、妻子や、その他最も近しいひとびとを、悪者に仕立て上げる。「私は苦しんでいる。それは誰かのせいに違いない」――すべての病める羊は、こう考えるのだ。だが、そのとき彼らの牧人、禁欲主義的な司祭は、彼らに向かって言う、「私の羊よ、まったくその通りだ。それは誰かのせいに違いない。だが、その誰かとは、おまえ自身だ。おまえこそその苦しみすべての原因なのだ、――おまえ自身が、お前自身の苦しみのただ一人の責任者なのだ!」と……。この言い方は、ずいぶん大胆であり、ずいぶん間違っている。しかし、これによって少なくとも一つのことが達せられているのである。すなわち既に指摘しておいたように、怨恨の方向が――転換されているのである。

サイコパス ―冷淡な脳― James Blair 他

統合失調症は某量のリスク要因であると指摘されている一方で、特にサイコパスあるいはADHDでさえ、その合併についてはほとんど実証されていない。しかし、これは驚くほどのことではない。統合失調症は前頭前皮質のなかでも背外側前頭前皮質の全般的な障害に関連している。一方で、サイコパスは背外側前頭前皮質の生涯には関係がないとい報告が一貫してなされている。

うつ病とサイコパス因子は逆相関する。

サイコパス傾向を示す者は1.23%から3.46%であり、成人男性におけるサイコパスの発病率は0.75%と推定される。女性に関してはデータが乏しいが、0.25%程度。

反社会的な人々は、少なくともふたつの集団に分離される。道具的かつ反応的攻撃を示す人々と、反応的攻撃だけを示す人々である。

うつ、不安についての最近の知見では、基本脅威回路の中でも特に海馬の化活動が重要な役割を果たしていることが示されている。

近年の知見によると、サイコパスにみられるような道具的攻撃のリスク増大に出産時合併症が関連しているということは考えにくい。

慢性的なストレスは反応的攻撃の危険性を選択的に増大させるが、サイコパスにみられる道具的攻撃にはつながらないことが示唆される。

例えば自閉症のように愛着に問題があることがわかっている人々でも、他者が表す苦悩に対して嫌悪反応を示す。つまり、他者の苦悩に対する嫌悪反応に愛着は必ずしも必要ではない。したがって、少なくとも共感反応のなかの一部については、愛着がどうであるかに関係なく生じることが明らかである。

中程度のサイコパスは、家族からの影響をより強く受けている可能性が高く、高度なサイコパスは、生物学的な要素からの影響をより強く受けている可能性が高い。

驚くべきことに、このような子供たち(サイコパスと関係する罪悪感や後悔の念の欠如といった情動の障害を示す子ども)に関して言えば、親がどのようにして社会性を身につけさせるのかということは、彼らが示す反社会的行動の確率には統計的に影響を及ぼさないことがわかっている。

サイコパスでは、著しく共感性が障害されている。サイコパスの子どもや成人は、他者の悲しみに対する自律神経反応が減弱している。さらに、表情や音声に伴う恐怖や悲しみの認知にも障害がみられる。注目すべきことに、サイコパスは、表情や音声に伴う怒り、幸福、驚きに対する反応については障害がない。

道徳的違反とは、他者の権利や幸福への影響といった観点から定義される行動である ex 他人を叩いたり、他人の財産を侵害したりするなど
慣習的違反とは、社会秩序への影響といった観点から定義される行動である ex 授業中私語をしたり、異性の服を着たりするなど
健常者は、道徳的違反と慣習的違反の違いを識別する。生後39ヶ月を過ぎるとこれらの識別ができるようになり、これは文化間においても違いは見られない。……サイコパスは、子どもでも成人でも、道徳/慣習識別課題の成績が非常に悪い。健常者なら3歳になれば適切にできるこの課題を、サイコパスは成人になってもできない。





サイコパスでは、言語処理への感情入力が著しく減弱している。道徳観念に関する概念的知識が乏しく、語彙決定における情動的情報の影響が弱く、意味的知識を調べる特定の課題において適切な感情入力を著しく欠く。さらに、言語/意味処理において広範な障害があることが示唆されている。

たいていの人は、自動的に自分の行動がもたらす結果を予測し、自動的に薄情な行為を恥じ、自動的に障害に直面しつつもなぜやり遂げるべきなのか理解し、自動的に都合の良すぎる主張に疑いを持ち、自動的に他者をどう関わったらいいのかに気づくが、サイコパスでは、そうした事柄を理解するのにかなりの努力を要する Newman

ネズミがバーを押すことでひもに吊るされた(他の)ネズミを地面に下ろすことができることを学習すると、そのネズミは以後、レバーを押すようになる。

健常に成長する子供は、まず他人の苦痛に対して嫌悪を抱き、そして社会化を通じ、他人に苦痛をもたらす行動を頭に思い浮かべることに対しても嫌悪するようになる。サイコパスではこのシステムに障害があり、他人に苦痛をもたらす行動がVIM(暴力抑制機構)の引き金にならないと考えられている。

刺激が右視野に提示された場合、サイコパスは抽象的カテゴリーでの識別が著しく困難であった。しかし、刺激が左視野に提示された場合には、むしろ健常者より成績が良かった。
似た実験として、両耳異刺激聴過大を用いて、サイコパスと健常者に対し右あるいは左の耳に単語を聞かせ、それが何であったかを答えるように求めた。サイコパスは健常者に比べ、右耳に単語が提示されたときに適切に返答することができなかったが、左耳の場合にはそうではなかった。

前頭葉損傷患者は、反応的攻撃は示すが道具的攻撃は示さない。

反応的攻撃は、哺乳類の動物が脅威に面した際に示す究極の反応と考えられる。哺乳類が脅威に対して示す反応には、段階がある。人間を含めて哺乳類は、脅威から距離がある場合には停止し、近くなってくると逃走し、逃げられないほどの恐怖に対したときには爆発的な攻撃(反応的攻撃)を示す。

集団のなかで地位の高い者が怒りを表出する場合、反応的攻撃は抑制され、道具的行動に取って代わられる。一方で、地位の低い者が表出する怒りは、反応的攻撃を引き起こす皮質した回路網の活性化をもたらす。

うつや不安な状態にある子供や成人は、反応的攻撃のリスクが増大する。

サイコパスは、子どもでも成人でも、道徳と慣習の違反の識別が適切にできない。……サイコパスの成人は、幸福や悲しみ、そして困惑といった複雑な情動についてさえ適切な判断を示すにもかかわらず、罪悪感を誘発しそうな状況理解については障害を示す。

健常に発達している子供に対して医は、養育者が共感性をうまく引き出すような養育方法をとることで、反社会的行動を起こす確率を減少させられることが繰り返し示されてきている。一方で、サイコパスの情動的機能不全を示す子どもに対しては、そういう効果が見られない。

道具的反社会的行動に対して、最も社会化を成し遂げる無条件刺激は、被害者の苦痛である。サイコパスの示す扁桃体機能不全は、社会化を妨げていると考えられる。

最近んの神経画像研究により、健常者は、信頼できる場合より信頼できないと判断する顔に対して、扁桃体体の活性が高まることが明らかになっている。

サイコパスの根本的原因は遺伝子異常であることが推測され、扁桃体機能全体が障害されるのではなく、おそらく扁桃体機能のある一部と関連するある特定の神経伝達物質の機能が阻害されることで、より選択的に障害されていることが示唆される。われわれは、サイコパスでは、ストレス/脅威刺激に対するノルアドレナリンの反応が障害されていると主張したい。

道具的攻撃のリスク増大に関連する生物学的基盤を持つ障害はサイコパスだけである。
現在のところ、サイコパス以外に道具的攻撃のリスク増大に関する生物学的基盤を持つ障害が存在することを示す知見は存在しない。