悲劇の誕生/ニーチェ 秋山英夫訳


しかし、まことに暗い風景としていま描き出したばかりのわれわれの疲れ果てた文化の荒涼とした風景も、ディオニュソスの魔力がそれに触れるとき、とつぜんその姿を変えることはどうだろう!一陣の突風は、あらゆる老衰したもの・朽ち果てたもの・破れたもの・しなびたものを引っつかみ、渦をまきながら赤い砂塵の雲のなかにつつんで、禿鷹のように大空たかくはこび去ってしまうのだ。茫然としてわれわれの目は消えうせたものを追い求める。なぜなら、われわれの目にうつるものは、まるで谷底から金色の光の面にうかびあがってきたもののように見えるではないか!充実として青々としており、あふれるばかりに生き生きとしており、あこがれにみちみちて無限であるではないか!

理論的人間も眼前のものに限りない楽しみをいだく人間であることは芸術家とかわらない。そしてこの楽しみのおかげで、ペシミズムの実践的倫理にはまりこむことなく、暗闇でしか光らないようなペシミズムのリュンケウスの目から守られていることも、芸術家同様である。ところで眼前のものを愉しむといっても、芸術家は真理の女神のまとっているヴェールを一枚一枚はぎ取りながらも、いくらはぎ取ってもやはりヴェールにおおわれている女神の姿そのものに、うっとりとしたまなざしを向けて見惚れているのに対して、理論的人間のほうは、投げすてられたヴェールに楽しみを感じ、満足しているのであって、その最高の快感の目標は、自分の力でヴェールをうまくはぎ取ってみせるというその過程そのものにあるのである。

笑う者のこの冠、バラの花輪のこの冠、わたしはこの冠を、わたしの兄弟である君たちに投げあたえる!笑うことを、わたしは神聖だと宣言した。君たち、より高い人間よ、私から学べ――笑うことを!

「見渡すかぎりはてもなく、山なす波が咆哮しながら起伏する荒れ狂う海の上で、舟人がか弱い小舟に身を託して坐っているように、個々の人間は苦患の世界のただ中に、個体化の原理を支えとし、これに信頼をおいて、平然と坐っているのである。」意志と表象としての世界

彫刻家およびこれと同系統の叙事詩人は、さまざまの姿かたちを純粋に見るということに没頭する。ところがディオニュソス的音楽家はどんな形象をも持たない。そして完全に自分自身が根源的苦痛であり、この苦痛の根源的反響なのである。抒情的天才は、自己を放棄して合一するというあの神秘的状態から、彫刻家や抒情詩人の世界とは全然別な色彩・因果関係・速度を持った、一つの象徴的比喩的世界が生い立ってくるのを感じる。……抒情詩人の形象は彼自身に他ならない。それはいわば自分自身のいろいろ違った客観化にすぎない。

「感覚は私の場合、はじめのうちは一定の明確な対象を持ちません。対象は、あとから始めて形づくられるのです。ある音楽的情緒が先行し、そして私の場合には、これにつづいて始めて詩想が生まれてくるのです。シラー

抒情詩が音楽の精髄に依存していることはいうまでもないが、音楽自体は完全にそれだけで一本立ちできるのであるから、形象や概念を必要とすることは決してなく、ただそういう概念的なものを多めに見てがまんするだけだという点である。

抒情詩人が音楽をきいたときに、どうしても何か比喩的に形象や概念でものを言いたくなるにしても、彼の作品である詩は、もともと音楽のうちに絶対に普遍妥当的なものとして存在しなかったようなものは、何ひとつ表現できるものではないのだ。まさに以上のような理由から、音楽が世界の本体を象徴するその仕方は、言葉なんかではとうてい十分に言いつくすことはできないのである。なぜなら音楽というものは、根源的一者の胸のうちにある根源の矛盾と苦痛を象徴的にあらわしているものなのであり、従って、いっさいの現象を越え、いっさいの現象以前に存在する領域を象徴するものだからだ。音楽とつきあわせてみれば、むしろどんな現象も比喩にすぎない。従って、現象の器官であり象徴である言葉なんかは、たとえとんぼがえりをしたところで、音楽の一番奥の内部を外にひっくりかえしてわれわれにわからせることはできぬのであり、音楽を模倣しようとのさばり出ても、つねに音楽の表面をかすめる程度にすぎないのである。抒情詩がどんなに能弁にしゃべりたてても、音楽の最も深い意味に至っては、ただの一歩もわれわれに近づけられることはないのである。



民族の価値は――ひとりの人間にしてもそうだが――自分の体験に永遠者の刻印を押す能力に応じて、ほかならぬこのことだけで、きまってくるのである。なぜなら、そのことによって、民族はいわば世俗の世界を脱却してしまうからであり、時間が相対的であって、人生には真の意味、すなわち形而上学的な意味があるという、その無意識的な内面の確信を示すことになるからだ。しかし民族が自分を歴史的に理解し初め、自分のまわりの神話的要塞を破壊しはじめると、その反対のことが起こってくる。神話の破壊には、民族の以前の状態を導いてきた無意識的な形而上学との決裂がつきものであり、あらゆる倫理的帰結において、決定的な世俗化が起こってくるのが普通だからである。

どのような文化も、神話を欠く場合、その健全な創造的自然力を失うのであって、われわれの視野が神話で限られている場合に初めて、文化の動き全体が一つの統一体にまとまるのである。空想とアポロ的夢幻のいっさいの力も、神話によって初めて無選択な彷徨から救われる。神話の諸形象が、気づかれないが、至るところに存在する魔神的な見張人になっていて初めて、その保護のものとに若い魂は成長し、その合図によって成年者は自分の人生と戦いの意味を解くのである。国家でさえも、神話的基礎以上に強力な不文律を知らない。神話的基礎こそ、国家が宗教と関連を持つこと、国家が神話的表象の中から成長してきたことを裏付けるものなのだ。

これまでは美的聴衆のかわりに、半ば道徳的な、半ば学者的な要求をもった奇妙な場違いの連中、「批評家」というしろものが劇場に坐っているのが常だった。彼らの従来の縄張りでは、なにもかも技巧的で、ただ見かけの生命で塗りつぶされているだけだった。こういう批評的な素ぶりを見せる聴衆に対しては、演技者も実際、どうしたらよいか分からず、そこで彼に霊感を与えてくれる劇作家やオペラ作曲者ともども、この注文の多いくせに不毛な、鑑賞能力のさっぱりない手合いに、生命のかけらでも残っていはしないかと、不安げにさぐるしまつだった。

悲劇におけるアポロ的なものとディオニュソス的なものとのむずかしい関係は、実際のところ、二柱の神の兄弟のちぎりによって象徴されるだろう。すなわち、ディオニュソスはアポロの言葉を語り、アポロも最後にはディオニュソスの言葉を語るのである。悲劇並びに芸術一般の最高の目標は、こうして達成されたわけである。




市民の反抗/ソロー

人間を不正に投獄する政府のもとでは、正しい人間が住むのにふさわしい場所もまた牢獄である。

ごく少数の者たち、たとえば英雄、愛国者、殉教者、偉大な改革者、それに人間の名に値する人間などが、肉体や頭脳ばかりでなく、良心をもって国家に仕えており、だからこそ彼らの大部分は国家に抵抗せざるを得ないのだ。そこで彼らは一般に、国家からは敵として扱われる。賢者は、ただ人間として役に立つだけであり、「土塊」となって「風穴をふさぐ」ことには堪えられない。そんなお役目はせいぜいのところ、自分が死んだあとの死体にまかせておけばよいと思っている。(「ハムレット」を引用して)

「私は高貴の生まれゆえ、他人の道具にはなれないし、
他人の命令に屈服するわけにもいきません。
世界のいかなる主権国家に対しても
重宝な召使になったり、手先になったりはできないのです」ジョン王 シェイクスピア

カエサルのものはカエサルに、神のものは神に。 マタイ福音書




自分の暮らしている州の正体が、いままでよりもはっきりと見えてきたのだ。村で一緒に暮らしているひとたちが、よき隣人や友人として、はたしてどの程度まで信頼できるのか、ということもわかった。また、彼らの友情は単に夏の天候向きのものにすぎないことや、彼らには本気で正義を実行するつもりなどないことや、彼らが私にとってはシナ人やマレー人とおなじように偏見と迷信にこりかたまった縁の遠い人種であることや、彼らは人類のために犠牲を捧げるとしても、決して危険を冒すことはなく、財産すら危険にさらそうとしないこと、などがわかったのである。

真理のさらに純粋な源泉が存在することをまったく知らず、真理の流れをさらに上流までたどったことのない者たちは、賢明にも聖書と憲法という流れのそばにたたずみ、うやうやしく謙虚に、そこから真理の水を飲んでいる。けれども、真理が、この湖へ、あの池へと、したたるように流れ込むのを見るひとびとは、もう一度腰帯を締めなおし、その水源に向かって巡礼の旅を続けるのである。

たしかに、一クォートの血をもっていくよりも一クォートのミルクをもっていったほうが、みなさんの市場では高く売れるでしょう。しかし、英雄が血を運んでいくのはそんな市場ではありません。

「おのが身丈を越ゆるほど、背(そびら)をのばし立てぬなら、哀れなるかな、ひとの子は!」サミュエルダニエル

われわれが知識と呼んでいるものは、しばしば積極的無知のことであり、無知とは消極的知識のことである。

われわれが到達できる最高知とは、いわゆる「知識」でhなあく、「知性への共感」である。

われわれを束縛しないものこそ、能動的義務である。われわれを解放してくれるものこそ、[真の]知識である。そのほかのあらゆる義務はわれわれを疲れさせるだけであり、そのほかのあらゆる知識は技術屋の技巧にすぎない。 ヴィシュヌ聖典

知識は細部の蓄積としてではなく、天からの閃光としてわれわれのもとに届けられる。

私の見るところ、いったん小事に関心を向ける習慣が身につくと、精神は永久に汚れてしまい、その結果、われわれのあらゆる思想は小事の色に染まることになる。われわれの知性そのものが、いわばマカダム工法で舗装される――つまり、知性の基盤が粉々に砕かれ、その上を旅の車が転がってゆく――ことになるわけだ。

こうしてわれわれが、すでにみずからの神聖さを汚してしまったとすれば――汚さなかった者がいるだろうか?――それを救済する方法は、用心深く、献身的に、みずからの神聖さを取り戻し、ふたたび精神の神殿をうち建てることだろう。みずからの精神――つまりは自分自身――を扱うときには、自分が後見人となっている無邪気なあどけない子どもに接するときのようにし、その子どもの関心をどんな対象、どんな主題に向けるべきかについて、細心の注意を払わなくてはならない。

文体とはラテン語でいうstylus、つまり書くためのペンにすぎない。自己の思想をより巧みに表現することにならないとすれば、なにも文章を削ったり、磨いたり、光らせたりすることはないわけである。文体は利用するものであって、眺めるものではないからだ。

「二種類の人間を、私は尊敬している。三番目はいない。最初の人間は、土から作られた道具である肉体を使い、営々として大地を征服し、それを人間のものにする、労苦に疲れ果てた労働者である。彼の硬い手は、私にとって尊いものだ。その手は曲がり、荒れているが、そこにはこの地球の王笏ともいうべき永遠の王者の妙なる美徳が宿っている。また、すっかり日焼けして、土によごれ、粗野な知性にあふれた、そのいかつい顔も尊い。雄々しく生きる人間の顔だからである。ああ、君は粗野なればこそ――さらに言えば、われわれは君を愛するとともに哀れまねばならぬからこそ、いっそう尊く思われるのである。虐待された兄弟よ!われわれのために、君の背中はこんなにも曲がってしまった。君は貧乏籤をひいて、われわれのために徴集された兵士であり、われわれのために戦って、ひどい手傷を負ってしまったのだ。こんなふうに述べたのは、君のなかにも神が創造した形相が宿っているからであるが、その形相は表面にあらわれる運命にはなかったのだ。それは労働の厚い付着物とよごれとに覆われたままでいなくてはならなかった。また、君の肉体はその魂と同様に、自由を知ることはできなかった。だが、労苦をいとわずに働き、さらに働きつづけたまえ。ほかのだれが義務から逃れようと、君は義務を果たしているのだから。日々のパンという、まったく不可欠なもののために働いているのだから。」

「私が尊敬する――しかもさらに深く尊敬する――二番目の人間は、精神的に不可欠なもの、つまり日々のパンではなくて、生命のパンのために労苦をいとわず働いているひとである。彼もまた、内面的調和を求め、行為なり言葉なりによってそれをあきらかにしようと、高尚か低俗かにかかわりなく、あらゆる外面的な活動を通して努力することにより、みずからの義務を果たしている人間ではあるまいか?彼の外面的努力が内面的努力とひとつとなったときに、彼は最高の人間となる。そのときこそ彼を『芸術家』と呼ぶことができるのだ。彼は単に地上の職人ではなく、天上でつくられた道具を用いてわれわれのために天を征服してくれる、霊感にあふれた思想家となる。もし貧しくて卑賤なひとびとが、われわれを食べさせてくれるために働くのだとすれば、地位の高い、栄光を担うひとびとは、その返礼として、前者に光と手引きと自由と不死を与えるために働くべきではあるまいか?彼らのあいだにどれほど程度の差があろうと、私はこれら二種類の人間を尊敬する。それ以外の人間はみな籾殻や塵にすぎない。どこへなりと風の意のままに吹き飛ばされてしまうがよいのだ。」

「とはいえ、私が言葉にあらわせないほどの感動を味わうのは、この二つの尊いものがひとつに結ばれているのを見るときである。また、外面的には人間のもっとも低い欲求を満たすために骨折らなくてはならないひとが、内面的にはもっとも高い欲求を満たすためにも骨折っているのを見るときである。およそこの世界で百姓聖者――そういうひとに、いまでもどこかで出会えるとして――ほど崇高なものを私は知らない。そのような聖者は、君をナザレへと連れ戻すであろう。君は大地のごくつまらない深遠からさえも、まるで大いなる暗闇に輝く一条の光のように、まばゆい天上の光が湧きあがるのをまのあたりにするであろう。」
カーライル「衣装哲学」

ひとりの人間に対する過度の偏愛や共感が大きな危険をもあらすのではなく、結局は、だれひとり自分にふさわしい褒美を得ることができないような、多数者に対する薄っぺらな正義こそが大きな危険をもたらすのである。








言葉・狂気・エロス/丸山圭三郎

 人間は言葉をもつが故に本能図式がこわれており、動物の知らないカオスを生ぜしめ、これをまた言分けて意味化せねば生きていけない。つまり人間以外の<可換的行動形態>(メルロ=ポンティ)に属する動物(=信号を用いる動物)においては完全であるはずの本能図式=行動様式が破綻しているために、生のエネルギーがもはや生物学的に文節しきれずカオスとなって登場し、これが私たちの欲動となっているのである。


私たちは抑圧に失敗したために神経症になるのでもなければ、棄却に失敗したために精神病になるとだけは言い切れない。その正反対に、これらが成功しすぎたために、つまりは強すぎる抑圧によって自我を防衛し、深層意識にあるさまざまな欲望が日常の表層意識に回帰不能となったために、さらには深層意識の核となるはずだった原初的イメージをも棄却・排除してしまったために狂気に陥るとも言えるのではないだろうか。

ある土地に囲いをして、『これはおれのものだ』と最初におもいつき、それを信じてしまうほど単純な人びとを見つけた人こそ、政治社会の真の創立者であった(「人間不平等起源論」ルソー)

私たちはすでに、アドルムなどの中毒症状に苦しんで狂気に近い日々を送っていた坂口安吾が、同じ時期に書いた『火』という作品には、微塵の錯乱の陰もなかったことを知っている。安吾にとってもジューヴと同じように、<書く>ということは欲動のパトスを理性のもとでロゴス化する営為であり、それはあくまでも意識的に<夢>を見ること、そして<読む>人びとをもカオス・コスモス・ノモスのあいだの絶えざる円環運動に参入させる命がけの所作であったに違いない。

マクベスの魔女「きれいはきたない」

モーリス・ブランショ「まことに<文化という記号>はオリジナルなものなどはなく、迂回と回帰の輝きの中で、オリジンの不在が散乱する永劫の煌めきの世界」としてのシミュラークルであり、ヴェールである。しかしヴェールの下にはもう一つのヴェールしかなく、文化のヴェールとはその下に素顔がないことを隠す仮面であることに気づかねばならないだろう。




「動物は死とは何かをまったく知らないだろうから。死とその恐怖についての知識は、人間が動物的状態から離れるとき最初に得た物の一つなのである」ルソー

人間はただ死においてのみ、一切の個別性を超えて大きな連続性のなかに解き放たれる。私たちは失われた連続性へのノスタルジーをもっており、エロティックな行為の絶頂において、わずかに死による連続性の等価物を手に入れることができるのだろう」バタイユ

サルトルに限らず、意識の明証生を重んずる西欧知の表街道の学者たちは、まことに長い間<意識以前>を学問の対象とすることを拒否していた。その理由のひとつは、……「主体の意識をのがれるものを対象化することは不可能である」という考えが支配的であったことに見出される。ギリシャ古典期からヘーゲルに至る西欧形而上学の思考形式は、一貫してこの<対象化思考様式>であったのだから、意識野に現前しない<無意識>が学問の領域から閉め出されたのも当然と言わねばならないだろう。

「無意識を構造の壊れた意識であるとみなしてこの観念を精彩のないものにしてしまうか、あるいは、無意識を厳密な意味での実在であるとして、精神現象の奥にある原動力であると想定するかという二者択一を、哲学者は迫られていない。こうした二者択一こそ、デカルト的な考え方から生じた先入観を維持するものであって、フッサールが明らかにしたように、精神現象を物質界をモデルにして、因果関係で結ばれた出来事のつらなった織物であるかのようにみなす神話を築くことになる」『無意識』メルロ・ポンティ

「言語意識の深層には既成の意味というようなものはひとつもない。時々刻々に新しい世界がそこに開ける。言語意識の表面では、惰性的に固定されて動きのとれない既成の意味であったものさえ、ここでは概念性の留め金を抜かれて浮遊状態となり、まるで一瞬一瞬に形姿を変えるアミーバーのように伸び縮みして、境界線の大きさと形を変えながら微妙に移り動く意味エネルギーの力動的ゲシュタルトとして現れてくる」『意味の深みへ』井筒俊彦


意識の深層において次々と置き換えられたり圧縮されたりする語を喚起する媒体としては、語の意味より音の類似性の方が圧倒的に優勢である。

「昔は桜の下はおそろしいところで人は避けた。満開の桜の森は風もないのにごうごうと風が吹いている。」「桜の森の満開の下」坂口安吾


「無意識のレベルでは欲動のエネルギーは、あたかも、それを安定した仕方で表装することのできるような一定の音のイメージに決してつなぎとめられることがないようにみえる。無意識においては、ひとつの音とひとつの意味との固定した<結合>というものがなく、むしろ実際には、ひとつの音から別のいくつもの音へと純粋なエネルギーの激しいすべりがあるだけである。……
これに対して、意識的に話される言葉においては、私たちはこうした一次過程[=快感原理に支配される深層意識の特性]にある種の制限があるのを認めるのである。私たちの記号は、それが表現するものに対してかなり適切なものであり、私たちの言説は相互理解の源泉である、というふうに感じられる。要するに私たちは、思考と言葉の間にはある種の<接合>がある、という印象を持っているのだ。」『ジャック・ラカン入門』A. ルメール

確かに<狂人>と芸術家(および思想家)のいずれもが、意識と身体の深層の最下部まで降りていって、意味以前の性の欲動とじかに対峙し、この身のうずきに酔いしれる。しかし後者は、たとえその行動と思想が狂気と紙一重であっても、必ずや深層から表層の制度へ立ち戻り、これをくぐりぬけて再び文化と言葉が発生する現場へと降りていき、さらにその欲動を昇華する<生の円環運動>を反復する強靱な精神力を保っている人びとなのではあるまいか。

スキゾフレニーとは決して狂気という病ではなく、ドゥルーズ=ガダリの言う「制度化された意識の既成の結びつきを破壊し、新たな<組み合わせ(アジャンスマン)>の数々を作りだす潜勢能力が生む症状」である。そこでは主体は固定したものではなく動いてあまない流れと生成のなかにあり、これはマーラーばかりでなく、ヘルダーリンやニーチェやアルトーにも共通する芸術・思想創造のモデルである。このモデルに属する人びとは、常に既成文化に対する強い絶望感をもち、異常すれすれの革新的な<物語>を生みだす。

スイスの精神医学者ビンスワンガーは、数十年にわたる臨床活動の総決算として集成した「精神分裂病」のなかで、分裂病(スキゾフレニー)は人間存在に異質な病態ではなく、人間から人間へ、現存在(ダー・ザイン)から現存在への自由な交わりを通して現れる特有な世界内のあり方であると規定している。
文化とは、そもそもがこのスキゾフレニー的動きをもつ生(レーベン)の、人間的な表現なのであって、私たちは表層意識においてこそ硬直化され画一化された生き方を強いられているけれども、その深層意識にあっては、常に流動的生成に向かって開かれた身を生きているのである。


クリマ=精神風土

「円環――美が反復を求めるとは驚くべき事だ。汲めども尽きぬ新しさ……限りある肉体の上に無限に再開される愛撫」ヴァレリー『カイエ』

ソシュールは、最初から語に先行するような<意味>などというものをはじき出してしまっていた。

「心理的に、言語なしに得られる観念とは何であろうか。そのようなものはたぶん存在しない。あるいは存在しても、無定形と呼べる形のもとでしかない。私たちはおそらく、言語の助けを借りずには二つの観念を識別する手段をもたないだろう。……次のようなものは存在しないのだ。
(a)他の諸観念に対して、あらかじめできあがっていて、まったく別物であるような観念。
(b)このような観念に対応する記号
そうではなくて、言語記号が登場する以前の思考には、何一つとして明瞭に識別されるものはない」(断章1821-1824/ソシュール)

「歩行は散文のように、常にひとつの対象を志向し、その目的は対象と合体することにある。……これに対し舞踏は[詩と同じように、その行為のなかに究極がある。舞踏はどこにもいかない。もし舞踏が何かを追求するとしたら、それはひとつの観念的対象、ひとつの快楽、ひとつの花の幻、もしくはある忘我の恍惚、生命の一極点、存在の一至高点なのである。」ヴァレリー「詩について」

「せぬ隙(ひま)はなにとて面白きぞ。……舞を舞ひ止む隙、音曲の謡ひ止む所、……此内心の感、外に匂ひて面白きなり」(世阿弥『花鏡』)

「まさに日本人は自分の身体をひとつの植物として見てきた。中核がカラダ(幹)。手足は古くエダ(枝)といった。そして顔の中にメ(芽・目)が出、ハナ(花・鼻)が咲き、ミ(実・耳)を結ぶ。……」

私たちはすでに、アドルムなどの中毒症状に苦しんで狂気に近い日々を送っていた坂口安吾が、同じ時期に書いた『火』という作品には、微塵の錯乱の陰もなかったことを知っている。安吾にとってもジューヴと同じように、<書く>ということは欲動のパトスを理性の元でロゴス化する営為であり、それはあくまでも意識的に<夢>を見ること、そして<読む>人びとをもカオス・コスモス
ノモスのあいだの絶えざる円環運動に参入させる命がけの所作であったに違いない。だからこそ、読む側も他なる受け身の観客から、……能動的創作者・演技者となるのではないか。

「読む行為は、すべてすでに書くことであり、また書くこと自体が読むことであり生きることだ」アンリ・メショニック

殻を脱がない蛇は死ぬ




「パイドロス」/プラトン 岩波文庫

ソクラテス「はたして自分は、テュポンよりもさらに複雑怪奇でさらに傲慢凶暴な一匹のけだものなのか、それとも、もっと穏和で単純な生き物であって、いくらかでも神に似たところのある、テュポンとは反対の性質を生まれつき分け与えられているのか、とね。」

まことに、この天のかなたの領域に位置を占めるもの、それは、真の意味においてあるところの存在――色なく、形なく、触れることもできず、ただ、魂のみちびき手である知性のみが観ることのできる、かの≪実有≫である。真実なる知識とはみな、この≪実有≫についての知識なのだ。されば、もともと神の精神は――そして、自己に本来適した物を摂取しようと心がけるかぎりのすべての魂においてもこのことは同じであるが――けがれなき智とけがれなき知識とによてはぐくまれるものであるから、いま久方ぶりに真実性を目にしてよろこびに満ち、天球の運動がひとまわりして、もとのところまで運ばれるその間、もろもろの真なるものを観照し、それによってはぐくまれ、幸福を感じる。ひとめぐりする道すがら、魂が観得するものは、≪正義≫そのものであり、≪節制≫であり、≪知識≫である。この≪知識≫とは、生々流転するような性格をもつ知識ではなく、また、いまわれわれがふつうあると呼んでいる事物の中にあって、その事物があれこれと異なるにつれて異なった知識となるごとき知識でもない。まさにこれこそほんとうに意味であるものだという、そういう真実在の中にある知識なのである。

――狂気という。しかり、人がこの世の美を見て、真実の美を想起し、翼を生じ、翔け上がろうと欲して羽ばたきするけれども、それができずに、鳥のように上の方を眺めやって、下界のことをなおざりにするとき、狂気であるとの非難を受けるのだから。……この狂気こそは、すべての神がかりの状態のなかで、みずから狂う者にとっても、この狂気とともにあずかる者にとても、もっとも善きものであり、またもっとも善きものから由来するものである、そして、美しき人たちを恋慕う者がその人は「恋する人」(エラステース)と呼ばれるのだ、と。

まことに、運命のさだめは、悪しき者が悪しき者と真の友となることも、さらに、善き人が善き人と友にならずにいることも、けっして許さない

話というものは、すべてどのような話でも、ちょうど一つの生きもののように、それ自身で独立に自分の一つの身体を持ったものとして組み立てられていなければならない。したがって、頭が欠けていてもいけないし、足が欠けていてもいけない。ちゃんと真ん中も端もあって、それらがお互いどうし、また全体との関係において、ぴったり適合して書かれていなければならないのだ。

個人と社会 / オルテガ・イ・ガセット

自分たちが生きていることに初めて気づいたときにはすでに、われわれは他者と共に、そして他者の真ん中にいるばかりでなく、他者になじんでいるからである。そしてこの事実は、われわれに次のような最初の社会的公理teorema socialの定式化をゆるす。すなわち人間は生まれながらにして a nativitate 他者に、見なれぬ存在者に開かれたものである。
つまり、a nativitate他者に、自分とは異なる物alterに開かれている人間は、a nativitate、好むと好まざるとに関わらず、好悪の別なく、利他主義者なのだ。

孤独の中で人間は自己に真実である。

哲学とはひきこもりanabasisであり、自分自身に向かって自己を容赦なくさらけだすことによって、自分自身の収支決算をすることである。他人の前では、われわれは完全に裸でないし、また裸でいることもできない。つまりもし他人がわれわれを見ているならば、その他人のまなざしはすでにわれわれの眼からわれわれ自身を覆ってしまうのである。

つまり哲学はシェンシア(科学)ではなく、インデセンシア(不謹慎なこと)である。というのは、それは物や自分自身をまったくの裸に、一糸まとわぬ姿――物や私の純粋の姿――にすることだからである。厳密に言うなら(sensu stricto)諸科学は決して純粋な認識ではなく、単に物を巧妙にあやつり利用するための実利的技術にすぎない。しかしながら哲学は、物についての恐ろしくも孤独な、そして寂しい真理である。

神の現存は本質的不在より成り立っている。神はまさに不在者として現前するもの、あらゆる現前の中で光輝く――その不在によって輝く――巨大な不在者であり、神を証人として召喚するときの神の役割は、物とわれわれとのあいだに、それら物を覆ったりぼかしたり、あるいは他のものに見せかけたり隠したりする何ものも、また何人も介在しないように、われわれを物の現実の中にひとりとり残すことである。そして物とわれわれとのあいだに何もないということ、これこそが真理なのだ。

行動はそれに先立つところの観想によて律せられていないならば不可能で有り、またその反対に、自己沈潜は未来の行動を立案する以外のなにものでもないのである。

叫び声があがるところに良き認識はないDove si grida non e vera scienza ダヴィンチ

だれでも

「社会」という実在は、その根からして肯定的な意味と同時に否定的な意味を帯びているのである。

全て他の人間存在はわれわれにとって危険である。

デュオニソスは生まれ落ちてまもなく、船乗りも水先案内もいない船に乗せられて、東洋から辿り着いたことになっている。

具体的自我は、なんじたちの後に、そして彼らの中にもうひとりの汝として生まれるのだ。それは根本実在並びに根本的孤独としての生の中ではなく、共存という第二の実在の局面に生まれるのである。

われわれは、この世に生をうけて以来、慣習という大海の中に沈められて生きているのであり、そしてこれら慣習はわれわれの見いだす最初の、そしてもっとも強力な実在であると言うことができる。すなわち慣習は厳密な意味でsensu stricto われわれの社会的環境もしくは世界であり、われわれがこの中に生きるところの社会なのだ。われわれはこうした社会的世界あるいは慣習を通して、人間および事物の世界を、宇宙を見るのである。

慣習というものは、きわめて個性的(ペルソナル)な人間が、つねに古風で、乗りこえられたもの、古くさくすでに意味を失ったものとして感じる生の形式である。

愛は多弁で、小鳥のさえずりのようなものだ。愛は雄弁である。だからもし恋する者が、物言わぬとき、それはそれ以外に方法がないからであり、異常なほど口べただからである。

人間は社会的であると同時に、本来また非社会的であり、彼の中には意識的であれ無意識的であれ、つねに社会からの逃避に対する強い衝動がある。

言語活動の起源を明らかにするためには動物学的功利主義では不十分である。
外部に有り外部に起こるあるものと結びつけられているしるし、そしてわれわれが知覚することのできるしるしだけでは十分でハンク、彼らひとりひとりの中に、彼自身の「内部」でひそかにわき返っているもの――幻想的内部世界――を他の者に示したいという押さえがたい必要性、告白したいという叙情的必要性を推定することが必要なのである。だが内部世界のことはとらえることができないものなので、「それらを示す」だけでは足りない。単なるしるしは表現に、すなわちそれ自身の中に意味、意義をかかえている一つのしるしに変わらなければならなかったのだ。「そこに」、すなわち周囲にないことについて「言うべきことをたくさん持っている」動物だけが、信号のレパートリイだけでは満足できず、そうしたレパートリーが示す限界にぶつかるのである。そしてそうした衝突が彼に限界を超えさせる。奇妙なことには、言語活動の「工夫」を余儀なくすると思われるそうした不十分な伝達の手段との衝突が、言語活動の中で永続し、絶え間のない一連の小さな創造において働き続けるということである。それはその内心に起こった新しいこと、そして他の者たちが見ていない新しいことを述べようと望む個としての人間と、すでにできあがった言語とのあいだの絶え間のない衝突――話すこと(デシール)と語ること(アブラール)のことのあいだの実り豊かな衝突――である。

真の意味で社会的なる者は、個人の上に及ぼされる圧力、強制、命令であり、したがって統治である。

われわれは、少数の指導者層が大衆を不精から引きずり出す試みを繰り返したこともないのに、対数の無気力をせめることができるということが理解できないのである。

慣習や習慣は、われわれの生の大部分において、われわれのしなければならないことをすでに解決済みのものとして与えてくれる。したがってわれわれは、個人的かつ創造的生を他の方向に集中することができる。つまり社会は人間を創造的生に向かって解き放ってくれるのである。

創造と狂気 / フレデリック・グロ

観察のもっとも瞠目すべきものは、文士自身によってなされている。文士たちは自分の細々とした感覚までも書き込む。自分の病的性質を大事にする。それを自らの栄光とし、私たちに示す。自分の思考と感覚の表現という観点からすれば極めて才能に恵まれた彼らはその思考に相応しいやり方で自我を表明する。精神科医はそこから取り出せばいい……。それは解剖された神経症である。Voivenel

感受性の過剰さこそ病気の入り口、直接的原因である。ひとが神経衰弱に陥ったり、強迫観念に取りつかれたり、ペシミストになるのは、脳の出来とか、暗いものへと向かう精神を持つからではない。過敏だからである。ひとつひとつの感覚が苦痛となり、それを分析し、苦い味わいを持つからである。神経衰弱のすべてはこうした感じ方、分析の仕方のうちにある。『医学と現代のペシミズム』

「エミール」の著者は語の本来の意味で狂人であったことは決してない。思い込みによる恐れや疑いに苛まれているとはいえ、精神病院に蝟集する、危険な衝動の虜になった頭のおかしい被害妄想患者とは一線を画す。むしろ、感受性の強い人たちが彼の仲間である。彼らはしばしば偉大な思索家でもあり、生まれながらの痛覚過敏は人生の悲痛事に膨れ上がり、あらゆることに苦痛を覚え、暗い厭世に陥る。たしかに病理学的なものではあるが、決して狂気には至らない。

堅実さのない弱くて軽い魂と脆弱な意志しかもたない変質者は錨をどこに降ろすべきか知らない。よかれ悪しかれ思いつくまま行き当たりばったりにさまよい、抵抗することも出来ず自分自身に引きずられていく。それは一瞬の印象または衝動によって意志が敗北することである。気まぐれによって支配されること……。途方に暮れた精神、舵を失った魂は流されるままに、今は現実性を欠いた理念へと向かい、明日は泥のなかへ向かう。(ibird)

最悪なのは、彼らが「きわめて現実主義的な芸術とは一切共通点のないゴミのような詩」に悦びを見出していることである。そのうえこうした自己満足は自意識過剰の一側面でしかない(「詩人の不幸は過度の虚栄心、自分の外に何も見ようとしない意識過剰なエゴイズムの結果そのものである」)

自分以外に彼らが愛するのは猫だが、これは精神病の明確な徴候のひとつである。
「彼[=詩人]はこの自己中心的で偽善的な動物にあまたの美点を認める。病的なまでに賛美する。この猫への愛情はいささか頭のおかしい詩人たちによく見られる。」 Laurent

神経症の予備軍たちは悪しき種の思うがままの開花をゆるす見事な土壌である。...神経症や狂人になると、他の狂人の詩句を読んで、自分でも詩を作って楽しむようになる。繊細な倒錯を読め見て、自分が大衆を超越するさまを思い描く。かくして完全な病気になり、牢獄で人生を終える。

私たちのおかげで、下手な詩を唸ったり、つまらぬコラムを書いたりしていた人間が、どうにかこうにか毎朝事務所に通い始め、結婚し、子どもをもうけた。たぶん、自分の子はサラリーマンか商売人にするだろう。


狂気とは精神面の過剰活動である。...この過剰活動を弱め、凝集力を崩すことで、ひとは理性を取り戻すことができる。人間にその自己力(セルフパワー)を返すことができる。引き算で修正することが肝要であり、妄想から理性へと戻すのに足し算は必要ない。モロー・ド・トゥール


<天才とは狂人である>...私がこんなばかげたことを言ったと思われている...そんなことはない、天才はまさに天才であり、狂人はまさに狂人である。これはまるで違うことだ。私が言ったのは、天才と狂人は同じ器質的起源を持っているということなのだ。
天才と狂人はひとつの幹から出る。遺伝によって体質のうちにあったり、先天的法則によって完全に作られた「同じ器質的条件を伴っている」。それらの条件は個人のその後の展開によってさまざまに変容するが、トキに狭義の神経症、また時に知的突出を、ある者には痴愚や狂気、またある者には非凡な知的・精神的能力といったものをもたらす。そしてほんの少数の者のうちに知的ダイナミズムの最高度の表現、すなわち天才をもたらす。

狂気はあらゆるものが変貌する混沌とした時間における一個の主体の、自己と他者に対する異質性である。逆に天才は同一者の永続性となろう。私たちは天才が創り出す作品が自立、永続し、のちの成功が頑固なまでの趣味に栄冠をもらたらし、その早すぎた仕事を正当化することを知っている。




彼らの人生の始まりには全面的な不調和の刻印がされている。早熟な子どもだが、性格障害があり、才能にあふれる青年だが、神経症である。
「彼らは少年時代からその早熟さと、すべてを理解し把握する能力によって目立っている。しかし同時にその気まぐれ、頑固さ、本能的な残酷さ、激しく痙攣的な怒りの発作が目につく。思春期には頭痛やさまざまな神経症の疾患を訴えることが多い。同時に興奮や欝の一時的発作もある。さらに情念に捕らわれた心的傾向の極端なものもある(神秘主義、自慰、漠とした性的願望、旅行熱、偉業の追及など)」
大人になると精神の不安定さは増大し、魅惑的で、独特、エキセントリックで、人を惹きつけるが、危険なパーソナリティが生まれる。さらに創造的だが、欠陥がある。これらの点は以下のようにレジス教授の『精神医学要諦』に明言されている。後にアンドレ・ブルトンが丁寧に書き写すくだりである。
「大人になった彼らは、複合的で、異質の要素からなる存在、バランスを欠いた要素、正反対の美質と欠点からなる存在である。
さらにある側面では才能に恵まれているが他の側面では不十分である。知性の面では、時として極めて高い想像力、構想力、表現力を有す。つまり言葉、芸術、詩の才がある。程度の差はあれ、彼らに欠けているのは、判断力、生真面目さ、とくに持続力、論理力であり、知的な生産活動と人生の行為における一貫性である。このためその往々にしてすばらしい資質にもかかわらず、彼らは理性的な仕方では行動できず、ひとつの職業を継続的に勤めることができない。それは彼らの能力を超えているように思える。自分と家族の利害を守ることが出来ず、商売を切盛りし、子どもの教育をみることができない」

変質者は偉大な学者になりうる。優れた芸術家にも、有能な官僚にもなりうる。しかし同時に精神面での欠落や奇妙な行動を示すことになろう。その輝かしい能力を立派なことにも使うが、最低の悪癖を満足させるためにも使う。

ソクラテスは光感覚異常だった。彼は苦もなく太陽をじっと見続けることができた。恍惚、忘我状態に入りやすかった。

「イエスキリストは言った。あなたがたは私が地に平和をもたらすためにきたと思っているだろう。そうではない。私は剣を地に投じるためにきたのだ。

ユダヤ人は他の民族の四倍、ないし六倍の静止に乗車を出している ロンブローゾ

「女性の利発さはつねに何らかの器官の異常に結びついている。これらの異常のうち一番多いのはおそらく男性的顔立ちだろう」ロンブローゾ

ある曖昧さが現れ、やがて強まっていく。狂気を天才と重ねる大胆な方程式は、同時に進歩そのものの原因となる。狂気の天才の崇高な活動によって世の出来事はなりたっているというのだ。
「狂人の熱狂的で不動の確信と天才の計算尽くされた技とをひとつにするなら、いつの時代においても鈍い大衆をこの怪物によって焚きつけ、彼らを蜂起へと導くこともできよう」


神秘主義者、とりわけエゴチストと猥褻な偽レアリストは社会にとって最低の敵である。社会には彼らから身を守る最低限の権利がある。社会とは人類だけが行き、繁栄し、より高い地点へと進歩することのできる自然で有機的な形式であることに同意してくれる人々よ、文明を価値あるプラスなもの、守る価値のあるものと考える人々よ、反社会的害虫を容赦なく足で踏みつけようではないか。ニーチェのように「自由に徘徊する享楽的な肉食獣」に熱狂している人にはこう言おう。「文明の外に出て行け。私たちから離れて、さ迷えばよい。できるものなら自分で道を平らにして、小屋を建て、服を着て、自らを養えばいい。私たちの通りも家もお前のために作られたのではない。私たちの畑はお前のために耕されたのではない。私たちの仕事の一切は、互いに尊重し合い、互いに敬意を払い、相互に助け合い、全体の利益のためにエゴイズムを押さえる人たちによってなされたのである。ここには享楽的な肉食獣のための場所は一切ない。もしお前が私たちのところにもぐりこもうとするなら、棍棒で殴られて気を失うことになろう」。 Ibird, t. II, p.550-561


「ある種の精神にとっては一粒の小さな狂気のほうが、わずかな貴族の血にまさるだろう。半狂人がいなくなったあかつきには文明社会は滅びるであろう。溢れる知恵によってではなく、溢れる凡庸さによってである。これは掛け値なしに断言できる」キュレール

キュレールにとって、天才と狂気は、完成した文明と、媒介物の増殖が創り出したものである。罰を受けずにはおれないのだ。未開文明に天才はいないが、狂気もない。キュレールにとって天才と狂気は「歴史の操作手(オペレーター)」である。

フルリィ博士の考察「小説家の典型的な一日」
八時半に起床。医学的に制御されたぬるめのシャワー。九時に朝食(卵二個)。九時半から十二時半まで、執筆の仕事。昼食(白身の肉と焼いたパン)。半時間、軽い記事を読みながら、喋ることなく横になる。ズボンはウェストのゆったりしたもので、サスペンダーを使う。葉巻は三分の一本。そのあと四時まで散歩。六時まで読書。外で食事。ほどほどの娯楽鑑賞。零時に就寝。


癲癇者「ヘラクレス、アイアス、エンペドクレス、ソクラテス、カエサル、聖パウロ、ムハンマド、ルター、パラケルスス、ニュートン、シラー、ヘンデル、そしてフローベール」

『夜の一時の幻』のなかでノディエは書いている。「人々が狂人と呼ぶ不幸なものよ、はたして、この一般に欠陥とみなされているものが、いっそう強力な感受性、いっそう完全な頭脳の兆候でないとだれが言えよう。自然は、きみの能力を高揚させたあげくに、未知なるものを見抜く能力を与えてくれたのではないだろうか。」

強い知的活動を行う患者たちが、他の者異常に精神的トラブルに陥る危険があることは、疑いえない。だが私たちはこの問題をまったく別の側面から扱うつもりである。つまり芸術家がどの程度狂人になりうるかではなく、明白な狂気に芸術的表現が伴うのはどの範囲でなのかが研究課題である...病に冒された患者は、一時的とはいえ、自己を超越するが、その後、治ると再び凡庸さに落ち込む...狂気がときに創造的活動の開花を促すことは明白である。レジャ

結局のところ、狂人の悲惨な作品以上に、俊作から遠いものはない。その違いは赤子と成人の違いである。それでもやはり、狂人の落書き以上に高度に洗練されたアカデミックな絵画に最も近く、最も親しいものは存在しない。それは遠く離れた同一性、密なる距離なのである。つまり狂人の芸術は大芸術の先史なのである。

革命というものは、時間の内部にある一連の構成原理(エコノミー)――さまざまな条件、約束、必然性――に沿ってはじめて組織されるものだ。そしてそれゆえ、革命は歴史のうちに住まい、歴史のうちにみずからの床を作るものなのであり、結局そこに身を横たえるものなのだ。一方、蜂起というものは、時間を断ち切り、地面に対して、そして自らの人間性に対して、人間をまっすぐに立たせるものだ。

デジェネレ 変質者

思想の冒険家たち/森本哲郎

お前の哲学の目的はなにか?それは、ハエにガラスのハエとりつぼから脱出する出口を示してやることだ。ヴィトゲンシュタイン『哲学探究』

ゲルマンは森の民なのだ。それに対して、地中海世界に住むラテン人たちは、本質的に異なる文化を持つ。オルテガはその違いを、よくいわれるように、「暗」と「明」の相違とすることに同意せず、前者を「深層的現実の文化」、後者を「表層的現実の文化」としてとらえようとする。そして、これこそがヨーロッパ文化全体の二つの異なる次元だと考える。それは別言すれば、思索型と感覚型といってもよい。

ジャワーハルラール「恐怖が虚偽と切り離せない道連れであるように、真理と恐れぬことはつきものである。」

「宗教とは存在の断片的な変わりやすい出来事に真正な見通しを与えるあらゆるもの」であり、
「永続的な価値を確信するゆえに、個人的な損失の脅威にも屈せず、ひとつの理想的な目的のためにいかなる障害をも乗り越えようとしてなされる活動は、すべて、その性質において宗教的である」J・デューイ

「起床、電車、会社や工場での四時間、食事、電車、四時間の仕事、食事、睡眠、同じリズムで流れてゆく月、火、水、木、金、土・・・・・・」
「ところがある日、《なぜ》という問いが頭をもたげる。すると、驚きの色に染められたこの倦怠のなかですべてが始まる。《はじまる》これが重大なのだ」
『シーシュポスの神話』カミュ

人間が生まれるということは、全体から個が分離することであり、神から離脱することだからだ。それは、とうぜん苦悩に満ちた生を意味する。したがって、その苦を克服するためには、あらためて、もういちど全体へ復帰しなければならない。すなわち、個体を止揚して、全体を受け入れるほどに魂をひろげるべきなのだ。仏陀が歩んだのは、その道だった、と彼(ヘッセ)はいう。

青春とはひたすらアイデンティティを求める時期である(エリクソン)

「失われた世代だって。それはいったい、どういう世代のことなのか。どんな世代でも何かによって何かを失った世代ではないか。これまでもずっとそうだったし、これからもずっとそうだろう――と彼は考えた。いい加減なレッテルを貼られるのは真っ平だ」『移動祝祭日』ヘミングウェイ

「人は人間の働きをしてみて、はじめて人間の苦悩を知る」テグジュペリ

「いいか――この世で最も強い人間とは、ただ独りで立つ者である」
「真理と自由とのもっとも危険な敵は、かの堅実なる多数、よいか、この呪うべき、堅実なる、ぐうたらな多数である。……多数が正義を有することは決してない。断じてないのだ!これこそあまねく瀰漫した社会的虚偽の一つであって、これに対しては一箇の自由な思考する人間は反逆せざるをえないのである。……正義とはつねに少数の所有するところのものなのだ」『民衆の敵』イプセン

「文明は文化の不可避的な運命である。……文明とは人間が特有な仕方でつくりだす外的な人工的な状態であり、それはひとつの終末にほかならない。文明とは生成が到達する仕上がったものであり、生のあとにくる死であり、発育がもたらす凝固であり、またドリス様式とゴシック様式が示しているように、若々しい魂の幼年期がやがて迎える知的老年期であり、田園がついにたどりつく石でかためられた世界都市である。」シュペングラー

創作とは何か。それは障害を独房に監禁された囚人が、おなじ境遇の囚人にむかって、自己の監房から呼びかける悲鳴だ。テネシー・ウィリアムズ


ブルクハルトは古代ギリシャにその自由と中庸を見たのである。ただ見たのではない。ブルクハルトはそれをそのまま実践し、享楽的な生活も、政治的な野望も、いっさい投げ捨てて、アタラクシア(こころの平安)の道を選んだ。彼は一生独身で通し、また精神の自由を束縛するようなどんな職務にもつかなかった。

より美しい世界を求める願いは、いつの時代にも、遠い目標を目指して三つの道を見出してきた。第一の満ちは俗世を放棄し、美しい世界はただ彼岸にあると信じて、その神の国へ至ろうとする道である。それに対して第二の道は現実の世界を改良し、完成させることをめざす道であり、人々がこの道のあることに気づいたのは、ようやく十八世紀に入ってからのことだった。第三の道とは、夢見る道、すなわち現実の生活の形を、美しい「芸術の形に作りかえる」というそのような道である。それは、「芸術作品のなかに、美の道が表現されるというだけのことではなく、生活そのものを、美をもって高め、社会そのものを、遊びとかたちで満たそうとする」生き方。

ホイジンガ『中世の秋』

仙台の医学専門学校に留学中、講義の合間に見せられたニュース映画が魯迅にとって作家の道を選ぶきっかけとなった。日露戦争のニュースを撮した画面のなかに、ロシア軍のスパイを働いたかどで処刑される一人の中国人を取り囲んで、まるでお祭り騒ぎのように見物の人垣をつくっているのもまた中国人たちなのであった。そのフィルムを見せられるや、魯迅は「この学年が終わらぬうちに」学校を中退して東京へ出てしまう。彼はこう記している。
「あのことがあって以来、私は、医学など少しも大切なことでない、と考えるようになった。愚弱な国民は、たとい体格がどんなに健全で、どんなに長生きしようとも、せいぜい無意味な見せしめの材料と、その見物人になるだけではないか。病気したり死んだりする人間がたとい多かろうと、そんなことは不幸とまでいえぬのだ。されば、われわれの最初になすべき任務は、彼らの精神を改造するにある。そして、精神の改造に役立つものといえば、当時の私の考えでは、むしろ文芸が第一だった。」魯迅


我々の生きるのは生によってなのであって、機械や理想によってではない。そして生とは我々衷心のレアリティである生きた自発的の魂にほかならぬのだ。自発的な、生きた、個体の魂、これこそ生の鍵なのであり、これ以外にかぎはないのだ。自余はすべて派生的なものである。『無意識の幻想』ロレンス

西田幾多郎は谷崎潤一郎の「春琴抄」を読んで、「何しろ人生いかに生くべきかに触れていないからね」と一言言ったとか。

思想と体験を欠き、社会性を自覚せずして小説を書こうとする以上、作家は自己の私生活を語るよりほかなくなり、私小説が生まれる。しかしその作家の個我は、社会と対決せんとするていの強烈なものではもとよりなく、したがって人生いかに生くべくかのごとき問題性を含まぬのであるから、これを作品として成立せしめるためには、「この一筋」に生きて自己をいよいよ狭め、その圧縮凝固作用から発する一種の美的エネルギーを利し、これを文章の技巧によって飾る以外に道はなくなる……。「日本現代小説の弱点」桑原武夫